49 バレンタイン




「ダメだダメだダメだー!!!!」

・・・この日ほど、自分がもっと女らしかったらと思う日はなかった。















季節は冷たい北風が身に凍みる2月。
1年で最も寒いとされるこの時期だが、今日に限ってはそんな寒さも吹っ飛ぶくらい暖かな雰囲気に包まれていた。
それもそのはず。
女の子にとっても、男の子にとっても、この日は互いを意識せずにはいられないのだから。
聖・バレンタインデー。
その神聖なる日を、待ち望んだ者も少なくは無いはず。

しかしここに1人、キッチンでこの日を恨めしく思う者もいた。










「やっぱり私には無理だ・・・こんなの・・・」





ふゥ、と口から出るため息は、まるで鉛のように重たい。
ぐちゃっと、歪な形をした"チョコケーキらしきもの"を前に、カガリは何度もため息をついた。
「・・・3度目の正直・・・なんて言葉、一体誰が考えたんだよ。」
文字通り3度目のチョコレートケーキは、黒い煙をあげながらそのままゴミ箱へと召されて逝く。
そんなチョコレートケーキよりも苦い思いをしつつ、カガリはまたお菓子の本を手に取った。

「大体、初心者でも簡単・・・って書いておきながらちっとも簡単じゃないぞ」
そのフレーズにまんまと引っ掛かって買った自分さえ、恨めしい。
・・・いや、それよりも愚痴しか出てこない自分がもっと嫌になってきた。
ぱらぱらと、本をめくりながら改めて自分の運命を呪う。

きっとフレイなら特別豪華に仕上げるんだろうな、とか。
きっとミリィなら少しほろ苦いけど確かに甘い、そんなケーキを作ってるんだろうな、とか。
きっとラクスなら相手の好みをふまえて、紅茶に良く合うクッキーでも作るんだろうな、とか。
頭に浮かぶのは、友達がそれらのお菓子と共にそれぞれの"彼"と幸せそうに過す様子だけ。
別に羨ましいとか・・・そういうのじゃない。
みんなが幸せそうに笑っていてくれる方が、カガリにとっても1番の幸せだ。
ただ・・・・・自分はそんな柄じゃないだけ。

ぱんっと本を閉じると、そのままキッチンの電気を消してカガリは眠りについた。















次の日の学校は、カガリの予想以上に盛り上がっていた。
女の子も男の子もみんなそわそわして落ち着かない。
まだ授業前だというのに、既に戦利品とも言える"箱"を山積みしている者もいれば、それを見て泣く者もいる。
そんな姿を唖然とした様子で見ていると、フレイとミリィが興奮した様子でカガリの元にやってきた。
「ねぇねぇカガリは持ってきたんでしょうね!例のブツ!」
「は・・?ブツ・・・?」
「バカね!決まってるじゃない、バレンタインデーのプレゼントよ!」
目をきらきらと輝かせて、カガリの返答を期待するフレイ。
しかし彼女の期待は、その後すぐに崩れてしまった。

「いや・・・な。私は作らなかったんだ、そういうものは」
フレイの期待がかった視線に気付いてる分、カガリも申し訳なさそうに答える。
絶句するフレイをよそに、ミリアリアも気遣うように聞いた。
「でも本まで一緒に買ったのに・・・何か悪いことでもあったの?」
・・・悪いこと。
そんなのきっと、自分の不器用さぐらいだ。
しかしそれで途中で挫折した、なんて言ったら笑われるにきまってる。
「いやほんと、ただ作らなかっただけなんだ。そういうお前達はどうだったんだよ?」
ぱっと2人に話を移動させると、その瞬間2人して顔を赤くし始める。
あぁ・・・そういう結果だったんだ、とカガリはそんな2人を見て胸がくすぐったい気持ちになっていた。



あのアスランの机の中に、ぎゅうぎゅうになるまで"箱"が入っていたのには気が付かないまま・・・・。。
















登校早々、アスランは絶句した。
きっと今年程ひどい状況はなかったかもしれない、というぐらい酷い。
校門をくぐってから教室に入るまでの間に、無理やり押し付けられたチョコの数15。
机の中にギュウギュウニ入った箱とこんもりと机の上で山となっている箱の数20。
・・・確認しておくが、これはまだ朝の授業前の話。
アスランにでも、このあともその先もまだまだこの数が増えることは想像がついた。


「相変わらずモテる男は辛いね、アスラン」
「キラ・・・・」
毎年このチョコ地獄に苦しめられてるアスランを、やはり毎年見てきたキラ。
クールな彼が困ってる姿を見るのはおもしろいけど、ここまでくるとさすがに同情さえしてしまう。


「・・・・これを一体どうしろっていうんだ、俺に」
げんなりした気持ちで山積みの箱を見ると、知らない名前の子ばかりが目に入ってくる。
元々人付き合いが得意ではないアスラン。
ましてや異性との関りなんて、0に等しいと思ってたのに・・・・。
そんな自分にこの"箱"をくれる人が、アスラン自身理解出来ないでいた。
「まぁまぁいいじゃない、もらえないよりはさ。それより君、カガリからはもらったんだろうね・・・?」
「え・・・・?」
「まさかまだ・・・・もらってないの?」



今度はアスランのマヌケな返事に拍子抜けするキラ。
いくら何でもここまで惚れてる彼女のチョコの行方ぐらい気になるのが普通でしょ・・・。
そう言って絶句するキラに、アスランは顔を赤くしながら否定した。
「だ、だってそういうのって男が求めるものじゃないだろう?!大体カガリはあまり料理とか得意じゃないって・・・」
突然ぐるぐると高速回転ハツカネズミをするアスランをよそに、キラはまた拍子抜けしてしまう。
・・・・カガリがどれだけアスランのこと好きか。
それを兄としてどれだけ辛い思いをして見てきたか。
昨日の夜遅くまでアスランのためにケーキを作るカガリを見ていない訳ではない。
だからこそ、ここまで気付いていないアスランが逆に珍しいものに見えてくる。

「心配しなくても大丈夫だよ、アスラン。カガリなら・・・きっとね。」
それだけ言うと、始業のチャイムと共にキラは自分のクラスへと戻っていった。
尚赤くしたアスランの顔を見て、くすくす笑いながら。
























結局放課後まで、アスランとカガリに会話をするという機会はなかった。
カガリは何故かアスランを避けていたし、アスランは増えつづけるチョコの箱の処理に追われていたからだ。
ようやく帰り道に2人きりになっても、気不味い空気が流れるだけ。
と、あと少しでカガリの家に着くという時、ふいにアスランが提案した。
「・・・な、今から公園でも寄らないか?」
何だかこのまま気不味い雰囲気で別れるのは嫌だ。
カガリのことにしても、絶対様子がおかしい。
突然の誘いだったため、相手の反応も怖かったが、カガリはこくっと頷いてくれた。









いつもより静かな公園。
途中で自動販売機で買った温かいココアとコーヒーを手にベンチに座ると、やはりまだ冷たい。
制服姿のためスカートのカガリには少し辛かったのか、「ひゃっ」と一瞬情けない声をあげてしまった。
それが恥ずかしくて思わず立ち上がると、アスランはくすくす笑いながら自分の太ももをポンポンと叩いた。
「・・・・は?」
「・・・だからここ。」
「え?ここって・・・・」
「冷たいんだろ?ベンチ。だからここに座ってもいいぞ」
「な゛っ・・・・」
学校や人前は絶対見せないこの顔、この甘い言葉。
きっと普通の女の子ならコロっと惚れちゃうんだろうな・・・なんて考えていたらいつの間にか自分もその1人となっていた。
・・・・それって自分も"普通の女の子"の内に入るんだろうか?
少しだけ、そんな変な期待をしてしまう。
しかし今日は・・・今日だけは・・・・。。


「い、いいよ!私はこのままで!た、タオルとか引けば問題ないだろ?!」
いつもは断らない彼の"誘い"も、今日に限っては認められなかった。
いや、認める資格なんて等ないんだ、こんな自分に。
アスランの机や鞄の中のチョコの数より、何1つあげれなかった自分が情けない。
と、そんなカガリのよそにアスランはそのままカガリの腕をつかんで、無理やり自分の膝に座らせた。
「ちょ、お、おいコラ!」
「・・・今日のカガリ変だぞ?ずっと俯いてるし、ため息ばかりついてるし・・・。何かあったのか?」
「う゛。いや・・・それは・・・・」
「俺にも話せないこと?」


・・・"お前に"じゃなくて、"お前"だから話せないんだよ〜!!
そう心の内で叫んでも、結局カガリの口からその言葉は出ることなく、変わりにポツリと違う言葉が出てきた。






「・・・・ゴメンな・・?その・・・何もあげれなくて・・・」
「え?」
「だからバレンタインデーのチョコ・・・・。」
言い訳なんてしたくない。
これが自分の結果、そう受け止めるしかない。
アスランに失望されたって、それは自分が起こした結果だ。
少し涙目になって顔を上げると、すぐに唇に温かいものが触れた。
「ん・・・」








目の前にあるのは、ただ彼の顔だけ。
そして口の中に広がる、先程のココアの味と彼のコーヒーの味。
一気に頭をぼぉーっとさせながら、その味を堪能していた。
そう、あの"チョコレートケーキ"似た少し甘くて少し苦い味。



ようやくアスランが唇を離すと、案の定カガリは真っ赤になっていた。
「・・・ぷっ・・・」
「わ、笑うなよ!バカ!」
「ごめんごめん。あまりにもカガリの反応が可愛かったから」
・・・・そう言って、慰めるようにぎゅっと抱きしめる。
カガリも少しして、おずおずと腕をアスランの背中に回した。


「・・・・バレンタインデーのプレゼント、すごいおいしかった。」
「え?私は何も・・・」
「今もらっただろ?"少し甘くて少し苦い味"だったけど。」
にこっと笑うアスランの顔は少し意地悪で。
カガリはまた真っ赤になりながら、ポカスカとアスランの胸を叩いた。















そんな2人のバレンタインデー。
不思議とその公園に冷たい北風が吹くことはなく、むしろ時折南風が吹く程温かかった。























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*管理人コメント*
お題トップバッターは「バレンタイン」
あらら・・・何だかザラさんが激しく変態くさいぞ(笑)
本当は「血のバレンタイン」もあったので、そういうネタも考えたんですけど・・・
ここは学パロで、ほのぼのちょっと甘めにしてみました。
・・・それにしてもアスラン、変態くさい(爆)