甘えん坊






少し冷えた風が、部屋のカーテンを揺らす。
と、同時に携帯の着信を知らせるバイブ音が部屋に響いた。

見ると、差出人は愛しい彼女の名前。
あまり自分からメールを送ってこない彼女のメールは、すぐに自分の鼓動を高鳴らせる。
が、アスランはその用件を見て更に驚いた。




 今すぐ会いたい



無機質にもそれだけ書かれたメールは、逆にカガリの想いを充分こちらに伝えてくれる。
ぱっと上着だけ取ると、アスランはそのまま家を飛び出した。
















ピンポーン・・・・・


鳴らし慣れたはずのこの音も、こう改めて聞くと新鮮さを感じる。
それぐらい、アスランにとってはカガリを待つ時間が長く感じられたのだ。
ひっそりとした家から、玄関の光がぱっと灯されたのを確認すると少し安堵する。
やがて、がちゃっという音と共にゆっくりとドアが開いた。


「・・・アスラン・・・?」

気のせいだろうか、少し彼女の声が震えている。
瞬間、そんな彼女の声に応える間も無く、アスランはカガリの体をしっかりと抱きしめていた。


「ア、アスラ・・・!」

「会いたいって言ったから・・・・だから会いに来た。」


そう耳元で囁くと、今度は声ではなく体がびくっと反応する。
そんなカガリがやっぱり可愛くて愛おしくて。
思った通り、アスランが少し体を離すとすっかり全身が赤く染まっていた。


「・・・っ、こ、こんなとこで話すのもなんだから入れよ!」

「あぁ、そうさせてもらうよ」


そう言って微笑みながら腕の力を緩めると、カガリは顔を赤く染めたまま逃げるように部屋に入っていった。
・・・・少し惜しいことをしたと後悔しつつも、もちろん顔の方も緩みっぱなしな訳で。
お邪魔します、と誰もいない玄関で挨拶してから、緩んだ顔を整えて部屋へと入る。
きっとキッチンでお湯でも沸かし始めているんだろう、ぱたぱたと向こうで世話しなく足音が聞こえた。









・・・・おかしい。
これじゃあ、いつもと一緒じゃないか。




が、当のアスランはそんな彼女の様子に少し顔を曇らせる。
アスランが少しでもスキンシップを図ろうとすると、恥ずかしくなって逃げるとこや、こうしてすぐに来客の準備をするとこ。
そして何事もないように接するカガリは、まさに"普通"そのものだ。
しかしそれが返って腑に落ちないのである。

あの「会いたい」というシンプルなメールにはどれだけの想いが込められていたのだろうか?
自惚れている訳ではないが、アスランはすぐにその内容が"何かあった"時のものだと確信した。
シンプルな内容こそは彼女らしいとして置いておくも、自分の寂しい気持ちを表に出せないのも彼女の性格。
きっとメールを送信する時も迷っていたのでは・・・。
そんなカガリを思い浮かべながら全力で走っては来てみたものの、当の彼女はいたって普通。
もちろん何事もなければそれが一番なのだが、アスランはどうも納得出来なかった。







「ほら、簡単に入れたコーヒーで悪いけど」

「あぁ、悪いな・・・・」

と、すぐにアスランの視線に気付かないままのカガリが、二つのカップを持ってキッチンから出てきた。
すっとその内の1つを渡すと、カガリもアスランの隣に腰を下ろす。


「バルドフェルドのおっさんみたいに煎れられたらいいんだけどなぁ。そう上手くいかないもんだ」


くすっと、隣に住む主人を思い浮かべながら笑顔がこぼれる。
あの親父さんのことだ、きっとインスタントなんて邪道に過ぎないのだろう。
それを飲んだときの反応を思い出すだけでも、笑いが起きてしまう。








「なぁ、カガリ。一体どうしたんだ?急に会いたいなんて。」

カガリのカップがぴたっと止まる。
あのひまわりのような笑顔もそこにはない。
やはり、という思いと同時にカガリ


「カガ・・・」

「・・・・・・迷惑・・・だったか?」

「え?」

「迷・・・惑・・だよ、な・・・?・・こんな時間に。うん、分かってるんだ」





困ったように笑うカガリは、アスランが予想した以上に痛々しく感じた。
第一、言っている意味が分からない。
迷惑?誰が?・・・・俺がカガリを?
ぐるぐるとアスランがハツカネズミをしている間も、カガリはぽつりぽつりと話し続ける。


「丁度4日前から・・・うちの両親が2人とも出張で・・さ。家の中いつもがらん・・・って。学校も夏休みで皆と会えないし、私ずっと家で・・・。」




-----寂しかったんだ。





力なく発せられた言葉は、いつもの彼女からは考えられない程弱々しかった。
人当たりも良く、根っから明るい性格のカガリにはいつも人が集まる。
だからこそ、一人になった時の孤独感が人一倍感じやすかったのではないだろうか?


「アスラン、ゴメ・・」


力ないまま謝罪の言葉を出そうとしたカガリの声は、そのままアスランの胸によって掻き消される。
ぐいっと引っ張られた体が、再びアスランの体の中に納まっていた。
突然のことに全身に力を入れて抵抗しようとしても、アスランの心音が直に伝わってきた途端に力が抜けてしまう。
こうされることは初めてじゃないのに。



「カガリ・・・ゴメン。」

「え・・」

「何も気付いてやれなかった、何一つ。君にそんな思いをさせないって決めたのは俺なのに。」



苦しかった。
何も気付いてやれなかった、出来なかった自分が。 彼女を護る、なんて言い聞かせていたのは他ならぬ自分自身なのに。

でもアスラン以上に、カガリは寂しさと戦い、苦しんでいた。
孤独の中でカガリが見たものは何だったのだろう?
こんなにも無理して、自分に笑いかけてくれようとした彼女の辛さとは一体どんなものだったのか。
貪欲かもしれないけど、アスランはそれさえも理解したいと心から思った。




「甘えて・・・いいのか?こんな私のワガママに付き合って・・・お前が辛くなるかもしれないんだぞ?」
・・・もうこれ以上甘えたくなかった。
きっとここで甘えたら、会いたいなんて言ったらどんどん弱い人間になってしまう。
だから寂しがる弱い自分を仕舞い込んでた。
それがきっと・・・自分のためにも、アスランのためにも良いって・・・ずっと信じてたから。




「会いたいのなら会えばいい。不安なら取り除けばいい。・・・それをカガリにしてあげることが俺の役目なんだから」



耳元で囁かれた言葉はまるで魔法。
無意識の内にきゅっとカガリも腕に力を込める。
そして瞳からはぽろっと一粒の泪が零れ落ちた。

---あぁ、そうか。
人って安堵したり、不安を取り除かれるだけでも泣けるんだ。。
悲しいからじゃない、苦しかったからじゃない。
今までの不安な気持ちを、きっと一緒に洗い流してくれるんだと、カガリは感じた。
どんなに温かいコーヒーを飲んでも、どんなに温かいお風呂に浸かっても薄氷のような心が溶けることはなかったのに。






「カガリ・・・・」
愛しい人の名を呼んで、そっと指でこぼれた泪を拭うと、その額に優しく唇を寄せる。
んっ、とさすがに恥ずかしそうに肩をすくめたが、次に寄せられた口付けにはカガリから受け入れてくれた。







----------時が長かったのか、

-------------------それとも想いが強すぎたのか。




時折呼吸を整えつつも、2人の口から言葉が漏れることなく、ただただ互いの唇を寄せ合っていた。














「・・・にしてもお前、今日は突然家に来たからびっくりしたんだぞ」

「え?」

「送ったメールも返して来なかったから、てっきり寝たのかと・・・・。」


ぽすっとまだ赤い顔を隠すように顔を埋めると、まるでしてやられたような気分に駆られる。
結局こうして甘えて、拗ねて・・・何だかアスランにいつも子ども扱いされても仕方が無い気さえした。
それを裏付けるように、アスランはカガリの頭をよしよし、と優しく撫でる。


「メールを打つ時間がなかったんだよ。まぁ、ほとんど家を飛び出したようなものだったし」

「アスラン・・・・」

「それに・・・・」









-------家の方がこういうこと出来るだろう?







そう言って耳元で囁くと、カガリの体がかっちーんと石膏のように固まるのが分かる。
このまま突いたら、それこそ後ろに倒れこんでしまいそうだ。
くすくすとアスランが笑っていると、ようやく我に返ったカガリが拳を挙げる。









---------------そん時は嫌って程、お前に甘えてやるからな!!!














カガリの宣戦布告。
果たして結果はどうなったのか。

ゴングは少し早い鈴虫によって鳴らされた。












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*管理人コメント*
お祭り作品、第二弾です。
アハハ、もう最終日ですよ!
しかも管理人にしては珍しく、オチなしのゲロ甘(笑)
最後の方は書いてて背中が寒くなりました。
ザラが!うちのザラが激しく変態ちっくでごめんなさいっ!

・・・ってかこの話、"夏"に関係あるのだろうか。。。(今更)