Relative






ピンポーン…………

いつものように訪問を示すブザーを押しても、これまたいつものようにこの部屋の主からはなんの反応もない。
続いて2回、3回と押してもやはり反応はなかった。


「……もう!勝手に入るからね!」

がちゃっとドアノブをひねると、やっぱり開いている。
その事実に少しむっとしつつも、キラはおかまいなしに部屋に上がりこんだ。


相変わらず何もない部屋。
その中の数少ない家具達も白やグレーというシンプルな色で統一されているため、生活感の無さがより強調されていた。
アスランらしいといえばアスランらしいけど……。
何だか親友の不器用な一面を見ているみたいで、キラは少し苦笑いをした。

と、隣の部屋からカチャカチャと何かをいじっている音が聞こえてくる。
部屋に入ると、案の定アスランが工具とパソコンを使って仕事をしていた。



「ちょっとアスラン!人が何度もブザーを鳴らしてるのに居留守はないんじゃないのっ?!」

「……な゛、キラ?!」

「他の誰に見えるのさ、まったくっ」

ふん、と顔を背けるとキラは頬を膨らませて拗ねた。




「…すまなかった。ちょっと仕事が立て込んでて…………」

そんな親友の仕草に苦笑いをしつつ侘びをいれると、パソコン画面をちらりと見た。
促されるようにキラもそちらに視線を移すと、複雑な製作図とプログラミンが交互に表示されている。
どうやら開発部からの仕事の一部らしい。

「相変わらず仕事ばっかりだね、アスラン。そんなんじゃ将来ハゲるよ?」

「…キラ。お前、そんなことを言うためにわざわざ来たのか?だったら……」

「冗談だよ、冗談っ。……っていうかアスランこそ今日が何の日か分からないの?まさか忘れちゃった訳?」

「は?今日?…………何かの記念日か?」

「…………」


予想通りと言ったら予想通りだけど……。
さすがに付き合いの長いキラも、ここまで鈍い反応を示してくれる親友に同情せずにはいられない。
涙が出る程、綺麗さっぱり自分の誕生日を忘れる奴が他にいるだろうか。
……キラの中で、その答えはノーだ。



「誕生日でしょ!アスランの誕生日!…いい加減覚えなよ、自分の誕生日くらいさ。」

「あー……そうか。そういえば今日だったという気も……」

……しなくもない。
確か仕事の納品収めの日と被ってたなという記憶が……なかった。



「ラクスやマリューさん達も、みんなの予定が合うんだったら食事会しようって言ってくれたんだよ。メールも出したんだけど…それも見なかった?」

「あぁそういえばそんな話もあったような……」

……なかったような。
膨大な数のメールを消化している時、そのまま流してしまったんだろう。
ふむ、と妙なところでアスランは納得する。

「もう、さっきからアスランはそればっかりじゃない……」



深いため息をつくと、キラも怒りを通り越して呆れる他無いという感じだ。
むしろわざわざ教えに来た自分が滑稽にさえ見えてくる。
いくら親友だからってここまで世話をするのもどうなんだろうか。

ーーー今更だけどね。

結局自分達はいつもそう。
似てないけど、似てる。不思議とお互いのぽっかり空いてる部分が綺麗に埋まってしまう。
確かにアスランは不器用だけど、キラだってマイクロユニット製作では特にお世話になってた訳で。
そんな一定の距離を置きつつ、ここまで親友以上兄弟未満の関係を築いてきた。

だからどちらかに何かがあるとほっとけない。

と、ふとキラが思い出したようにポンっと手を打った。


「ねぇ、今日カガリからメール来なかった?」

「え?」

「昨日電話があったんだよ、"キラにメールが送れない"って。で、調べたら僕のサーバーがダウンしてちょっと使えない状況だったんだけどまだ回復には時間が掛かって・・・。だから何かあったらアスランに連絡するよう言っておいたんだ」




ーーーーーーカガリからメール



にこにこと何でもないように話すキラとは対照的に、アスランはひたすらこの言葉を頭の中でエコーさせていた。
はっ、と我に返ると急いで今までの記憶を辿る。
もちろんそれはカガリからメールが来ていたか否か、だ。

しかし混乱の方が大きくてなかなか頭がうまく回らない。
あまり過去のことは思い出したくはないが、ザフトのエース時代の能力をフルに発揮出来たらと心底思う。
「この腑抜けがぁぁ!!」と、そんな声がどこからともなく聞こえてきそうだ。



すると、突然。
ピコーンと新規のメールを示すアラートがなった。

同時にどくん、と一際大きく鼓動がなる。






震える手を何とかキラにばれないよう抑えながらツールを開くと、また鼓動が大きく体に響いた。






差出人の名はカガリだった。







「………あ」

久しぶりに見たなつかしい名前を、アスランは呼吸するのも忘れそうなくらい見入っていた。
もちろんニュースでは毎日のように見るし、その名を聞かない日はない。
けど、こうしてプライベートで連絡が来るのはいつ以来だろうか…。
時間にしたら数ヶ月、いやもっとーーーー。
例えそれが数年振りだとしても、アスランは何十年振りかという程のなつかしさを感じていた。

そんな様子にじれったさを感じたのか、

「アスラン、メール見ないの?カガリのやつ」

横からキラが割り込んで、アスランの代わりにメールを開こうとする。
そこでやっと、アスランは慌ててマウスを取り上げた。



「ひ、人のパソコンを勝手にいじるな!」

「だってそれカガリからなんでしょ?もしかしたら僕に用事があるのかもしれないじゃない。」

「だからってだな………」

「ほらほらアスラン、急用だったらどうするの!さっさと開けちゃいなって!」


半ば強引に話を進めると、キラは「ね!」と最後に一押ししてアスランを促す。
……これぐらいしないと、アスランが行動を起こさないことを分かっていたからだ。
もちろん内容が気になるーーーというのもあるけど。

そんなキラの気持ちを知ってか知らずか、アスランはじっとキラを見た後マウスポインターをメール開封ボタンに合わせる。
深く呼吸をした後、クリックした。


そこにはカガリらしい短い文章が添えられていた。





『 久しぶりだな、元気してたか?
  キラから聞いているとは思うが、代わりに連絡を頼む。

  今日の食事会なんだが、明日の公務の下見で行けそうにないんだ。
  せっかく誘ってくれたのに本当に申し訳なく思う。
  私の分まで楽しんでくれと……そう伝えてくれ。

  最後にアスラン、誕生日おめでとう。 』







最後まで読み終えると、アスランはもう一度深く呼吸をした。
それぐらいしないと体の落ち着を取り戻せなさそうになかったからだ。

正直、最初の内容を読んでキラ宛という事実に多少のショックを受けたが、



ーーーーアスラン、誕生日おめでとう。



この一言で全てが救われた気がした。
まさか……まだ彼女が自分の誕生日を覚えていてくれるとは思ってなかったから。
自分でさえ忘れていた、今日という日を。


「そっかー…カガリ来れないんだね、食事会。残念だなぁ…」

再び横からひょこっと顔を覗かせたキラが、ため息と共に残念がる。
が、同時に不思議そうに呟いた。

「けどおかしいな…カガリ、今日は絶対は大丈夫だって言ってたのに。明日の大きな公務だって月に一度の慰霊集会だけなんだよ?」

「え?」

「最近は情勢も少しづつ落ち着いてきたのにね、また何かあったのかな?」





ーーーそうだ。
まだ各国共に完全復興への時間は掛かっていても、戦前以来の落ち着きを取り戻しているのもまた確か。
もちろんオーブのだってその1つである。

確かに公務とそれとは別の話かもしれない。
どんなに落ち着いても、決してカガリの仕事量が減る訳じゃないんだから。。
でも………。


「キラ、明日の慰霊集会はオノゴロ島の慰霊塔前だったよな?」

「うん、そうだけど…。何?急に。」

「悪いんだが食事会は少し遅れる。ちょっと出掛ける場所が出来たから」



そう言うと、アスランはジャケットだけとって部屋から出ていってしまう。
キラが何か言おうとした時には、既にドアが閉まる音が聞こえた。



「……まったく、本当に不器用だね。アスラン」

部屋の主を無くしたドアを見届けると、苦笑いを漏らしながら改めて先程のメール画面を見遣る。
カガリからのカガリらしいメール。。
一体この文章にどれだけの想いが詰まってるのかと、双子の片割れとして切なく想った。

「食事会は来てもらうよ。……二人でね」

キラはパソコン画面をゆっくり閉じた。



















また少し、太陽の位置が低くなっただろうか---。

家を出てから数十分。
あれから海岸沿いをひたすら走り続けている。

例え南国のオーブでも、夕方となれば少し肌寒い。
オープンカーなら尚更だ。
それでも今はそんなことに構っている暇はない。

彼女がいる、彼女が待っている。
そんな気がしたから。
例え彼女が居なくとも、自分はあの場所に行かないといけない。
まるで今日という日がそういう運命であるかのように。

自然とハンドルを握る手に力がこもった。
再会出来るかもしれないという不安と期待が、複雑に絡み合っている。

「カガリ……」

アスランはまた強く、アクセルを踏んだ。





同じくして、大海原に自身を沈みかけている太陽を海岸で見つめる一人の少女がいた。
否、既にその心と体は"少女"ではなく"女性"であり、"国の主君"だ。
見た目が歳よりも若干幼く見えても、その芯の通った心は誰にも曲げることが出来ない。





…たった一人を除いて。

「……アス…ラン…」



無意識の内に漏れた言葉は、ひどくなつかしく、そして切なく感じられた。
遠すぎて手が届かない、手を伸ばしても足りない。
けど、彼はそこにいる。



…………ずっと自分の心の中に。



不思議と"忘れよう"とは思わなかった。
…忘れられなかった、という方が正しいのかもしれないけど。
どっちにしたって、目の瞼に焼き付いてる思い出はカガリを簡単に解放したりなどしない。
むしろ一生抜け出せられない迷路に迷い込んだようだ。










「…カガリ、29日って時間ある?」

「え?」



いつものように膨大な量の資料に目を通してると、その隙間からひょっこりキラが顔を出してきた。
あまりにも突然だったので、思わず手元の資料を床にばらまいてしまう。



「あぁもう!いきなり驚かすなよ!キラ!」

「あはは、ごめんごめん。そんなに驚いた?」

「当たり前だっ、バカ!」

ぷぅ、と頬を膨らましながら資料を拾うと、キラもまた笑いながらそれを手伝ってくれた。
ーーやっぱり落ち着くなぁ。
怒ったって何したって、結局は特別な存在だなと感じてしまう。
生まれも違ければ、自分はナチュラルでキラはコーディネーター。
けど、そんなの問題じゃない。キラはキラで自分は自分。
ずっと大切にしたい、私の双子の片割れ。



カガリが改めてそれを実感していると、キラがちらりと、少し気を使うようにカガリを見遣った。



「…で、さっきの質問なんだけど…どう?やっぱり忙しい?」

「あ、えーっと…29日…だよな?確かその日は空いてたと思うぞ!…午前中の会議が予定通りに終わればな」

ふ、と一瞬カガリの顔に疲労の色が戻る。
会議が予定通りに終わるなど、滅多にないためだ。

「…そっか。じゃあ久しぶりに皆で食事でもしない?マリューさん達もこの日なら都合がいいみたいなんだ」

「え、それならぜひ私」

ーーも、参加したい。
そう言い掛けた時だった。

「アスランも…ね?」

ぴたっと、さっきまで動いていた口が体が急に止まる。
…キラの目すら怖くて見れなかった。
再び落としそうになった資料を慌てて腕に収めると、カガリは何かを振り切るようにすっと立ち上がった。



「そ、そうか。そういえばアイツ…誕生日だよ、な。うん、それは皆でお祝いしてやらないと!」

「…カガリ?」

キラは突然ぎこちなく話すカガリに何かひっかかった。
そう、こういう時のカガリは………酷く無理をしている。
それでもそれを周囲にばれないよう隠そうとする気持ちも分かってしまうので、



「わ、悪いキラ。私はギリギリまで予定が分からないんだ。だからまた後で連絡する」

そう言って儚く笑うカガリに、「…そう…」と、ただ頷くことしか出来なかった。







あれから1週間。
結局ぐるぐると悩んだ末、断りの連絡を入れた。
もしかしたらキラには分かってるかもしれない、"公務の下見"なんて言い訳。
それでもカガリは行くことが出来なかった。




ーー会いたいと願ってしまう、自分がそこにいるから。




せっかく皆で守り抜いたオーブが自分にはあるというのに、これ以上何を望むというんだ。
それこそハウメア様からお叱りを受けることになるだろう。
もっともっと頑張らなくちゃいけない、これからずっと愛する国を、国民を守っていくために。

「よしっ」

パンパンと、軽く頬を叩くと慰霊塔に向かって再び跪いて祈る。
犠牲者への安らかな眠りを、そしてオーブに永劫に渡る平和をーーーーーーーー






「カガリ」






ふ、と。耳に風の声が届いた気がした。
透き通っていて、どこか切なくて………でも温かみのある"あの"声。

恐る恐る振り返ると、まっすぐ翡翠の瞳がこちらを見ているのが分かった。

「ア、アスラ…?」

「やっと…見つけた」

「…え…」



どくん、と心臓が跳ね上る。
やっとって……何だよ、それ。
ずっと探してたみたいな言い方しないでくれよ、頼むから。

じゃないと、私……


「キラ宛てのメール見たんだ、それでそのまま……」

ようやく辿りついたカガリの元、しかし尚驚いてる様子のカガリにさすがのアスランも言葉を選んでしまう。
まずは状況を説明しないと・・・そうして再び顔を上げた瞬間。



カガリの頬に一粒の涙が見えた。


「え。あ、カガリ?!」

「…何で来るんだよ!バカー!」



まさにミリオンダラーバスター(背面投げ)と腕サソリ固め(関節技)のW攻撃がアスランの心にヒット瞬間だった。
それとは裏腹に、カガリはぽろぽろと涙をこぼす。

「…っ。せっかく…私が…!どれだけの想いで…っ…」

今までの気持ち全てが溢れかえった。
言葉にしてはいけないと、ずっと心の奥底に閉じ込めていた"声"。
その声を解き放ったのも、またアスランだった。

しかし放たれた"声"は空に舞い、逆にカガリを不安に陥らせる。
カガリは逃げるように、アスランから視線を外した。

「カガリ…」

心の痛手を負いつつ、再び愛しい名を呼ぶと彼女はびくっと体を震わせた。
それがどういう意味なのか、直感でアスランにも伝わる。

ゆっくり歩を進めると、カガリの華奢な体に腕を回し、抱きしめた。



「……もう、無理するな。」

「…っ」



また、涙が流れた。
本当はこの腕で押し返さないといけないのに、拳を振り上げないといけないのに。
ただただアスランの胸の中で泣くことしか出来なくて、気が付けば自らの腕をアスランの背中に回した。

何も言わずに優しく抱きしめてくれるアスランが何よりも温かくて、心の底からこの時間を手放したくないと思う。
それはアスランも同様で、次第に体の震えが止まっていく彼女に安堵しながら、ただカガリの温もりを感じていた。





ーーどれだけの時間が過ぎただろうか。。

沈みかけた太陽は既に姿を完全に隠し、反対から淡い光を宿した三日月が2人を照らす。
互いに伝えたいこと、想うことは山ほどあったのに、こうして温もりを感じるだけで不思議とかき消されていった。
ようやく顔を上げたカガリの頬にまだ残る涙を指先で拭うと、そっと、優しく唇を重ねる。

触れるだけの、相手を労わるような、そんなキス。

唇を離すと、以前のようにカガリは顔を真っ赤にして見上げていた。

「ほ、頬はやってもこっちは誰にもやってないんだぞ!世界中の誰にもな!」

そう言って、ん、と今触れたばかりの唇を指す。
恥ずかしさのあまりぷいっと顔を背けるが、アスランによって再び元の場所に戻されてしまう。
まるで昔に戻ったように、心がくすぐったい。





「…じゃあ俺は守らないとな、その"世界"を」







ーーーーどうしようもなく愛しくて。

ーーーーキミを、貴方を、ずっと守りたい。支えたい。

そのためには幾つものハードルを乗り越えないといけないけど。

"同じ夢"を繋がりにして、これからもずっと歩いていく。







願わくば、アナタと共に。












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*管理人コメント*
実はこれ、06年のアスラン誕生日記念にmixiにて書き上げたものです。
丁度オフが忙しくて、こっちにUPするのが遅くなったのですが。。
今回のRelativeは「繋がり」という意味。
キラとアスラン、カガリそれぞれの繋がりと、アスカガ2人の繋がりをイメージして書きました。
それが上手く伝わるかどうかは別の話ですけど・・・。
本編だとなかなか幸せを掴むことが出来ない2人。
偶然でも何でも、姫のキスはアスランの最高のプレゼントです(笑)
たまにはいい想いさせてあげなきゃねーv