第三章 開かれた扉
「鍵…ですか?」
差し出された親指ほどのアンティーク調の鍵をアスランが受け取ると、横から身を乗り出すように覗いてきたキラと共にまじまじと凝視してしまう。
見た目よりも重量のあるそれは、実際に錠を合わせる先端部分がより精巧に作られていた。
…なるほど、特別アンティークに興味も知識も持ち合わせていないが、素人目でもこれがただの鍵ではないことが分かる。
再びマリューの手元に戻された鍵は、懐から取り出された純白のガーゼに先程と同じように丁寧に包まれ、彼女の懐へと収まった。
「この鍵は、この場所を示すメモと共に鍵の持ち主…もしくは鍵の"鍵"である方の元から見つかりました。それも5日前に。」
「え?!5日?!たった5日ですか?!」
「えぇ。それも私達歴史学研究者が驚くような方の元からね。それが…」
「……俺達が探していた、あの夢の…」
自分を呼ぶ、夢の中の少女。
ただの夢、夢だと思い込んでいた人がいよいよ目の前に現実となって現れようとしている。
それが「過去」か「今」か「未来」なのか。
どういう形であれ、「ただの夢」ではなくなってしまったということがはっきりした。
「ちなみに、その見つかった場所っていうのは…。」
ごくっ、と自身で分かるぐらいの音を立てながらキラとアスランは息を呑む。
「貴方達は知らないかもしれないけど、我がオーブは歴代の王族、首長達全ての血のサンプリングが冷凍保存されているの。その家族も含めてね。
首長の座を巡る争いを最小限に抑える為にも、DNAを含む全ての"人"の情報が詰まったそれが私達には必要だった。しかし…」
「しかし、なんですか?」
「1つだけ冷凍されていない血液があったのよ。…いいえ、されていた筈だったものが何らかの現象で融解、つまり元の血液状態に戻ってしまっていたわ。」
「ま、まさかその血液に…」
「えぇ、そのまさかよ。この鍵は保存されていた血液の中に眠っていたの。凍らせることで鍵を液体中に固定し、赤黒く変色させることでその身を隠しながらね。」
「そんな…そんなことが…」
あるなんて、誰が想像するのだろうか。
鍵がある以上、現実であることは分かるがどうにも気持ちのほうがついていかない。
実際これらを語るマリューの表情にも、にわかに困惑の色が浮かんでいた。
「鍵の出現によって、ヒントとなるこの地下の空間は簡単に見つかったんだけど。この先がね…どうしても見つからないのよ。開くべき扉、そして鍵穴が。」
「鍵穴が…」
「不思議な話よね。まるでご馳走を目の前にしておあづけをくらっている動物の気分だわ。…あら、ありがとう。」
と、後ろで世話しなく作業を進めていた作業員の1人が、数枚の資料らしきものをマリューに手渡した。
受け取ったのを確認すると、一礼してからまたもとの作業場へと戻る。
マリューは2人を横目にその資料をぱらぱらと簡単に確認すると、溜め息混じりにとんとん、と膝の上で揃えてから置いた。
「…まったく、貴方達には驚かされるわね。特にキラ君、あのMOは素人が作った代物とは思えないわよ?どこから手に入れたの?」
その一言で、一気にキラの表情が固まった。
マリューの話を聞くことに夢中になっていた為だろう、アスランが察するにすっかり自分のMOやPCを取り上げられたことが頭から抜けてしまっていたらしい。
「あ、いや、それは、その……」
どもるキラに、追い討ちをかける様に笑顔で迫るマリュー。
キラは明かにアスランからの助け舟を求める視線を送っていたが、アスランは一貫してそれを流している。
こればっかりはアスランもフォローが出来ないのだ。
後で「裏切り者」だの「薄情者」だの言われそうだが、マリューを前に下手な嘘が通じないことは目に見えている。
少しの間沈黙が続いたが、観念したようにキラがぼそりと口を割り始めた。
「それは…僕が作りました。誰かから貰った訳じゃありません。」
きっとマリューが持っている資料は自分のMOを解析したものだ、とキラは確信していた。
当然ハッキングをする為のファイルから、ウィルスソフトまで、ありとあらゆる”やばいもの”が洗いざらいマリューにばれてしまっている。
これを作ることを認めてしまえば、当然何らかの罰、もしくは刑務所行きも考えられなくはなかった。
思わずぎゅっとお腹に力が入る。
しかし予想に反してマリューの表情は固くなるどころか、ふ、とどこか安心しきったような緩い表情に戻った。
「…まさかとは思ったけど……やっぱりキラ君はこちらの分野の方に向いているのね。」
ふふ、と楽しげに笑うマリューはいつも教室で見るあの穏やかな”マリュー先生”そのもので。
どう厳しく追及されるのかと、半ば諦め気味だったキラとアスランは同時に戸惑った表情を浮かべた。
「…先生、あの…」
キラが何か言いたげに手を挙げると、それをマリューが首を横に振りながら制した。
「普通ならこんな代物を作って活用していたなら立派な犯罪者かもしれないけど…。でも今の私達には必要なものなの。」
「え?」
「それにアスラン君は気付いていたんじゃないかしら?どうしてこんな重要機密を自分達に話すのか、それには訳があるんじゃないかって。」
え、と急に自分に話を振られて一瞬体をびくっと強張らせたアスランだが、その問いにゆっくりと頷いた。
「…恥ずかしい話、今の研究チームにこれ程プログラミングを構築する能力を持った人材がいないの。もちろん世界中を探し回ったら数人、数十人はいるでしょうけど何せ国の機密事項でしょう?」
「大々的に人員を探せない、確保できない、ということですか?」
「その通り。…さぁキラ君、ここまで言えば私が何をお願いしたいのか分かるわよね?」
すっと資料を左手に掲げ、ぱんぱん、と右手でさもアピールするかのように紙を叩く。
その音にキラは青ざめた顔のまま少し体をびくつかせたが、もはや首を横に振るという選択肢はキラになかった。
「分かりました。出来る限り、協力させて頂きます。」
願い通りの答えを得ると、マリューはまたあの穏やかな笑みを2人に向けた。
*
それから約3時間後。
無事にMOとPCを取り戻したキラはアスランと共にスキャンした先程の鍵の情報を元に、ずっと睨めっこをしたままだった。
マリューが研究用に所持していたMOとキラが新たに構築したプログラムを複合させて、より複雑に、精巧に解析をしてみるもなかなか期待通りの結果は出ない。
一応血液成分のデーターも貰ってはいたが、ここまでくると医学分野まで絡んでくるのでさすがに専門外である。
…平面だけで見るのじゃ無理だ。
そう判断したのか、やけに細かい鍵の細工を3D上に画面に表示させると、くるくる回転させながら全体図を確認する。
と、アスランが何かに気付いたようにキラの指を止めた。
「ちょっと待てキラ、この鍵何かおかしいぞ?」
「おかしいって…そりゃあデザインも凝ってるし血の中に保存されてたっていうんだから普通の鍵よりは…」
「そうじゃない。この鍵を1つの線に表示してそのまま回転してみろ。…あぁ、線の跡は残したままな。俺の考えが間違ってなければ何か図形か…」
「…分かった。」
いまいちアスランが言いたいことが理解しきれてはいないが、やってみないことはない。
キラは言われたとおりにマウスを動かすと、最後にエンターキーを押した。
と、浮かび上がった物に2人は同時に驚嘆の声を上げる。
「…アスラン!」
「……あぁ、ビンゴだったみたいだな。」
パン、と勢いよく互いの右手をタッチすると、達成感と安堵感が体中に沸き起こる。
その後すぐにマリューが呼ばれ、2人がPC画面を見せると、マリューは二人以上に驚嘆の声を上げた。
「……私は何回貴方達に驚かされればいいのかしらね。」
画面から視線を2人に移すと、もはや驚きを通り越して呆れた表情を浮かべながらマリューは笑った。
そしてすぐにまた画面に向き直ると、今度は学者として顔を引き締める。
「まさか鍵から文字が浮かび上がるなんて…」
つまり、アスランとキラが見つけたのは鍵に彫られた文字の一部だったのだ。
両サイドが細かく、そして複雑に削られていたのは二つを合致させるときに文字を表現させるためだったのである。
鍵穴を開錠するためではない、未来への扉を開く”鍵”の文字を持っていたのだ。
「そして…これがきっと最後のキーポイント。」
"アカツキ"
そう画面に表示された文字は、紛れもなくこの場の者達に新たなる”光”を与えていた。
「さぁ、それでは行きましょう?過去…もしくは未来の扉へ」
*
キラとアスランによって新たな文字が発見されると、地下の作業場は先程以上に忙しくなっていた。
それも当然だろう。
ほぼ自分達の数歩先には探し続けていたお宝があるのだから。
マリューによって部屋を連れ出されたアスランとキラは、数人の白衣を着た作業員と共に更に地下の奥へと進んでいった。
やはりここもほとんど明かりはなく、埃っぽい。
「…けほっ、けほっ。しかしすごいですね、この埃。」
若干涙目になりつつあるキラを見て、アスランも頷く。
「あぁ、少し歩くだけでそこらじゅうに舞っているな。」
部屋を後にする前に他の作業員にマスクを使うか、と勧められたにもかかわらず、大丈夫だからと高をくくってしまったことを今になって後悔した。
そんな2人を見たマリューが苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさいね、2人とも。でも…ほら、到着したわ。」
「え……」
先頭に立ったマリューが足を止めると、他の者達も続く。
この中で唯一、初めてこの場に立ったアスランとキラは再び驚嘆の声を上げた。
「これが…最後の扉。」
「…というより、壁、だな。」
もちろん、只の壁ではないことは容易に想像がつく。
壁に彫られた二頭の獅子の絵が、それを物語っていた。
「私達が見つけられたのはここまでよ。鍵穴も…きっとここにあると思っていたんだけど。」
見事に見当違いだった、とマリューは作業員達と目配せしながら溜め息を吐いた。
しかし自分達には新たな”鍵”がある。
「”アカツキ”…ってもちろん暁のことだよね?夜明けと似た意味合いの。」
「えぇ、そう考えて間違いないわ。特に昔からオーブでは暁時は”始まりの焔を差す光”ということで神聖な時間だったの。首長家と関係が深いなら尚更だわ。」
「ラミアス主任、暁時の方角、今出します。」
と、作業員の1人が持ち運び用のPCにカタカタとGPSを使って現在位置を割り出し始めた。
そしてその情報を元に、現在の暁時の方角を正確に計算していく。
一同が彼の様子を見守っていると、研究員は最後にカタっとエンターキーを押し、マリューに手渡した。
「今が3月だから…そう、真東より少し北にずれているわね。いい皆、この位置から左前方を中心に何か手掛かりがあるか探して。おそらくそれが最後の扉の鍵よ。」
「はい!」
マリューの指示を皮切りに、その場にいた者達全てがそれぞれの配置につく。
アスランとキラも、当然その中にいた。
埃が多い為、地面がなかなか見えない上に、埃が舞うたびに咳やくしゃみに苦しめられたが、小さな手掛かり一つも逃さないというように誰も何も言わないまま黙々と作業を続ける。
明かりが自分達で持ってきたライトしかない為、暗い地下での作業は困難を極めるかと思われた。
が、1人の作業員の「あっ」という短い叫び声が辺りに響いたのは、開始からわずか10分ほど経った後だった。
「何か見つけたの?!」
現場主任であるマリューが真っ先にその作業員の下へ駆け寄る。
中腰状態で作業していたその者は、難しい体勢のまま興奮気味に振り返った。
「は、はい!とても小さい穴ですが、この部分に…。」
小指程にも満たない、その小さな穴は確かに人工的に作られた穴だった。
マリューに続くように他の作業員達もわらわらとその周りを囲んで見守っている。
「…小さ過ぎて穴がよく見えないわね。ちょっとライトを細めてみましょうか。」
カチカチっと、光の大きさを調整すると、それを穴の中心に差し込むようにライトを向ける。
その瞬間(とき)だった。
「…えっ?」
向けられた穴から光が溢れ、次々と部屋の壁からも光が溢れ出す。
たった一本の細いライトの光が穴を通して、一気に地下の部屋を明るく照らし始めたのだ。
「ラ、ラミアス主任!これは一体…」
「壁から光…?そんな筈はないわ。だって今まで照らしていたのにまったく光らなかったのに…」
もはやライトを点けなくても、部屋全体が見れるくらいまで明るくなっている。
一同が呆然と今の状況下で立ち尽くしていると、今度は光だけではなく、何か重い石が動いている音が辺りに響いていた。
「せ、先生!獅子が…獅子の目が光ってます!」
キラが興奮気味に獅子に向かって指を差すと、マリューだけでなく他の者もいっせいにその指の先に視線を向ける。
しかしその時には、目が光るだけではなく、獅子そのものが石壁から浮かび上がり始めていた。
ゆっくりとゴゴゴゴ…と、重厚な音を立てながら自分達に向かってせまる獅子はまさに圧巻で。
誰も何も声が出ぬまま、ただ完全に浮かび上がるのを見つめることしか出来ないでいた。
「…どうやら私達は最後の鍵を開けることに成功したようね。」
満足気に語るその口元がゆっくりと上がったことに、アスランは気付いた。
そう、自分達はついに開いたのだ。最後の鍵を。扉を。
「さぁ、いよいよ開くわよ。運命の扉が。」
がちゃり、と音を立てて獅子がいる壁がゆっくりと奥に向かって開き始める。
もはやこれは石壁ではない。誰が見ても分かるくらい、立派な扉なのだ。
誰もが固唾を呑んで見守っていると、扉はぱらぱらと埃や砂を落としながらゆっくり、ゆっくりと開いていく。
いつかの姫がその部屋を初めて見たときのように、今度はアスランが思わず声を漏らしていた。
「…何なんだ。この部屋は…。」
まるで地下とは思えぬ程の、白い壁で統一された部屋が目の前に広がっている。
空気も今までとは嘘のように澄んでいて、ほぼ外の世界と同じと言っても過言ではない。
広さも然程無い為、その中心に置かれている物に目がいかない筈がなかった。
「…石碑?…いえ、棺、かしら?」
ぽつり、とマリューが独り言のように漏らすと、その瞳に向かって研究員が視線を送る。
それに気付いたマリューがその者に向かって頷くと、ゆっくりと自分の歩を部屋に進めた。
と、その瞬間だった。
突然棺からピーっという電子音が聞こえたかと思うと、厚く重そうな棺の蓋が自動的にずずず…と動き始めている。
何事だ、と一同が棺の周りを取り囲むと、それを確認したかのように棺が更に稼動音を立てている。
まだ誰も何も触っていない状態であるにもかかわらず、棺が産声を上げるように動き始めたのだ。
そして完全に蓋が開くと、中から棺よりも一回り小さなガラスケースのようなものが、ゆっくりと出てくるのが分かる。
「ま、まさかミイラ…とかじゃないよね?何代か前の首長とかの…さ…。」
それを見たキラが目の前の棺を見ながら、若干一歩下がる。
当然棺があるということは、その中身はもちろん…死体しかない訳で。
しかしキラの問いにアスランは何も答えなかった。
「首長かどうかは置いておいても…ミイラの可能性はあるわよ。当然。」
歴史学者として、この観点に間違いはなかった。いや、間違いがないと確信さえしていた。
以前にも遥か太古の時代のものと思われるミイラがオーブで確認はされている。
しかし、ガラスケースが完全に自分達の前に晒されると、マリューはまたしても自分の見解に落胆した。
それだけではない、驚きと共に歓喜の声を上げそうになったのだった。
ガラスケースの中にあるもの。
予想通り"人"がその中に眠るように横たえられていた。
ただ違うのは、干乾びたミイラでも死体でもなく、まるで先程眠りについてしまったように長いまつげをそのままに、少し小さな口をきゅっと結んで瞳を閉じている。
細く華奢な指を、しっかりと胸の上で絡め、身に纏う淡く美しいグリーンのドレスに負けないくらい艶やかな金の髪が見るものの目を釘付けにした。
そう、まさに生身のような人間がそこにいるのだ。
それも気品漂う、誰もが息を呑むほどの綺麗な金糸の髪と育ちの良さからだけではない、高貴という羽を身につけたように美しい少女が。
「暁の姫が…眠っている…?」
作業員の1人が呟くと、一瞬誰もがその者に視線を送った。
そしてすぐにまた視線をガラスケースの中へと戻す。
しかしアスランだけはただ一点を見つめていた。
先程から心臓がやけにばくばくと高鳴っている。
目の前にいる、ガラスケースの中で眠るように瞳を閉じたままの少女は、あまりにも綺麗だった。
いつもは夢に出てきてもすぐに顔も声も忘れてしまうのに、今ははっきりと、この少女だと確信出来る。
「やっと見つけた……俺の夢の中の少女…」
彼女の願いを、自分の望みをようやく叶えることが出来たのだ。
隣にいるキラにも聞こえるか聞こえない程度の独り言を漏らすと、そっとガラスケースに手を触れる。
すると今までとは違った機会音が、辺りに響き始めた。
それどころか、ガラスケースの中に突然白い煙のようなものが噴射し始めている。
「ラミアス主任!これは…!!」
「…信じられないけど…。どうやらこの棺のようなものは、中のお方を目覚めさせようとしているみたいね。長い間冷たく凍っていた…このお方を。」
"凍っている"
その言葉に最初に反応したのはアスランだった。
「先生、このお方はやはり亡くなっているのではなく、"凍って"いるのですか?」
アスランの問いに、今度はキラも顔を上げた。
ケースの中の少女は、既に煙ですっかり見えなくなってしまっている。
「…どうかしらね。正確に言うと"今"は亡くなっていると思うの。見ての通り呼吸もしていない。けど、きっと…この白い煙は…」
と、マリューが続きの言葉を紡ごうとしたまさにその時。
どこかで聞いたことのある電子音を、今度は棺が紡ぎだした。
…ピッ………………ピッ………ピッ………。。
白い煙の噴射が終わったと同時に鳴り始めた電子音は、煙がやがて消えていくと共にどんどん早くなっていく。
一同が釘付けになってそれを見守っていると、完全に消えた煙の中から再び現れた少女の変化に誰もが驚かずにはいられなかった。
「………呼吸を……している…。」
先程は動いていなかった胸が、今度は明かに上下している。
それだけではない。
まるで雪のように白かった肌が、みるみる血色を取り戻しているではないか。
白い肌でも美しかったが、元の肌色に戻るにつれ更に金糸と映えてより美しさを増している。
つまり先程から聞こえていた電子音はこの少女の心音を示すものだったのだ。
あまりの神秘的な美しさに目を奪われていると、マリューがはっと我に返るように声を上げた。
「さ、何をぐずぐずしているの?!今すぐに緊急で医療班をここへ呼んで!今すぐによ!!」
「は、はい!!」
その声で自身も我に帰った作業員数名が、急いで踵を返して部屋を後にする。
あまりにも地下奥深い場所にあるため、トランシーバー等の携帯通信は地上には届かない。
その為自分達である程度地上付近にまで出ないといけないのだ。
しかしその間にも心音はどんどん早くなり、まるで一般女性と変わらない早さにまで達していた。
「…本当に信じられないわ。この短時間でここまでの蘇生技術…。」
棺を、少女を見比べながらほぅ、と陶酔しているような溜め息を漏らすと、そんなマリューに呼応するかのようにガラスケースがゆっくりと開かれる。
あ、っと突然のことにキラをはじめその場の者が声を漏らすと、続くように今度は少女の瞳がゆっくり、またゆっくりと開いていく。
オーブの花が、女神が、少女が再び目覚める時だった。
まどろんだ瞳に向かって、自分の興奮と苦しいくらいに早急に鼓動する心臓を抑えながらゆっくりとマリューが声を掛けた。
「おはようございます。姫様。ご気分はいかがでしょうか?」
その言葉に、顔は動かないものの視線だけマリューに向かって泳ぐ。
マリューだけではない、何かを確認するかのように瞳だけゆらゆらとあちこちら泳いでいた。
しかしアスランの方を見た途端、ぴたっと動きが止まる。
思わぬ姫からの視線にごくっと息を呑むと、何とか落ち着きを払おうとしながらアスランは姫の目線に合わせるように、少しかかんで、口を開いた。
「ずっと気になっていたんだ。君は……貴方の名前は……」
だが、その言葉を聞いた途端。
まどろんでいた瞳はかっと見開かれ、すっ…と自分の力で上体のみ起き上がってみせる。
誰もが突然の姫の行動に驚く中、そんなものに構うことなく姫はアスランに向かってきっと睨みつけながら叫んだ。
「お前、私の名を知らぬというのか?お前が?!」
「え…」
開口一番、ようやく出会えた筈の少女に怒鳴られ、さすがのポーカーフェイスのアスランも困惑の表情を隠せない。
無論アスランだけではなく、キラやマリューでさえも何事だと困惑した。
しかし何も反応を返さないアスランがますます気に障ったのか、姫は続けて怒鳴った。
「忘れた、と言うのなら教えてやろう!私はオーブ首長国代表首長ウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハだ!」
顔を赤くしながら、うっすらと涙を浮かべる少女は確かに美しかった。
歳も大差ないかもしれないが、……同時にとても姫とは思えない口調に驚きを隠せない。
しかも…ウズミ・ナラ・アスハに関連はあるかもしれないとは踏んでいたが…子供だって?!
3月8日。
突然の暴風雨(ストーム)に襲われたような困惑を覚えながら、
少年は、少女は、ついに出会った。
ー続く
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*管理人コメント*
ようやく姫のご登場です。
長い長い眠りから覚めた姫ですが、中身はまだ150年前のまま。つまり子供なんです。
この目を覚ますお話はどうしても書きたい描写が多くて、それを1つにまとめるのになかなか難儀しました。
きっとアスランは棺の中身が只の死体だったとしても、こうして見つけられたことに安堵と自分へのけじめみたいなものをつけたんだと思います。
しかし中から出てきたのは、冷凍された人間。しかも目を覚ましたらと思ったらいきなり怒鳴られる始末。
その時の動揺しまくるアスランの表情を1人妄想しながら楽しんでました(鬼)
また次回、お会いできますように。