かくれんぼ
「キラ!もういいかー?」
「だめだよアスラン!あとじゅーびょー!」
俺がまだ月にいた頃。
つまり、俺とキラがまだ戦争というものを知らなかった頃、こうしてよくキラとかくれんぼをしていた。
しかも、決まっていつもキラが隠れて俺は鬼。
って言うのも、昔からキラは"探す"ということが苦手らしく、キラが鬼になると俺を見つけるまでに、日が暮れてしまうのがほとんどだったからだ。
そんなことが何回か続くうち、いつの間にか俺たちの間でこの役回りが暗黙のルールとなっていた。
まぁ俺の場合、キラの行動パターンは大体読めてるから、鬼になってもすぐ見つけちゃってたんだけどね。
しかし双子とは不思議なもので・・・・カガリもまた"探す"ということが苦手らしい。。
カガリの仕事がオフな時や会議中の間、俺は先にアスハ邸に戻って別の仕事を片付けてる時が、たまにある。
その際、家に戻ったカガリが広いアスハ邸の中から探しにきてくれるらしいんだけど・・・・
これがまたなかなか会えない。
もちろん、俺だって故意にいなくなる訳でもないし、仕事部屋をいつも変えてる訳でもない。
ただ仕事柄、報告書を提出しに部屋を出たり、キサカさんのところで打ち合わせすることもあって、部屋を空ける時も多々ある。
そんな時、最悪のタイミングでカガリが俺の部屋に来て、それからいない俺を探して家中を走り回ってる・・・らしい。。
加えてキラ同様、その時間がえらく掛かり、むしろ待っていた方が早いのではという時さえあった。
そして今日も、カガリに会えたのは彼女が帰宅してから20分後のこと。
急に大広間のドアが開いたと思ったら、カガリが呼吸を荒くしながら飛び込んできたんだ。
「・・・ハァ・・アスラン!良かった、早く見つかって・・!」
「は、早くってお前・・・。ずっと走ってたのか?」
「え、あ。いや・・・違う!なんかこう・・・最近歩いただけで息が切れちゃって・・」
・・・・分かりやすい。
この変に視線を合わせようとしないとこ、そして変にずさっと後ろに下がるとこ。
どれも決まって彼女が嘘を吐くときの仕草だ。
きっと本人は走ってきたことを隠したいんだろうけど、そんなの反応さえ見ればすぐ分かる。
まぁ、俺がいつも廊下を慌しく通るカガリを注意してるから、分からなくもないけどね。
ただ・・・そんな彼女が少しだけ可愛い・・・と思ったら、またキラは怒るんだろうか。
「カガリが可愛い?アスラン、仕事中なのに不純だよっ」・・・って。
それから数日後の出来事だった。
今度はカガリではなく、マーヤが俺の仕事部屋のドアを勢いよく開け、顔を真っ青にして来たのは。
マーヤが俺の部屋に入ってきたこと自体驚いたけど、それよりも驚いたのはその用件だ。
「カ、カガリ様がいなくなられました・・・・!」
「・・・・・・え?」
「今日はお仕事の方も大体片付けられたようなので、久しぶりにお出掛けするということだったんですが・・・」
「いなかったのか?」
「はい・・・。支度をなさると言って部屋に入られたとこまでは見たのですが・・・そ、それから忽然と・・・!」
・・・・・カガリがいなくなった?
しかも先程までいた、この屋敷の中から忽然と・・・?
いや、でも彼女は一国の代表なのだから不測の事態だって有り得る。
例えそれが"代表の屋敷"でも、だ。
俺はすぐさま机から拳銃を取り出し、同時に震えるマーナをイスに座らせ落ち着かせた。
「いいか、マーナ。君はここでカガリの情報を集めてくれ。俺は一応武装をして応援も呼びつつ、カガリを探してくる。何か分かったら連絡をくれ。」
「し、しかしマーナもカガリ様を・・・!」
「いや、こういう事態だからこそ、君のように信頼の厚い人物に連絡係を頼みたいんだ。それがすぐにカガリの無事に繋がる。」
「わ、分かりました。・・・・どうか、どうかカガリ様を・・・!」
「あぁ、分かってる。」
・・・分かってるさ。
カガリは"代表"という仕事だけで、必要とされてるんじゃない。
"カガリ"だからこそ、こんなにも周りから大切に思われてるんだ。
もちろん、俺にだって大切な・・・。
ぐっと心を決め、少し落ち着いたマーナを確認すると、俺はそのまま部屋から飛び出した。
・・・見つける、絶対・・・!
しかしそんな想いを踏みにじるように、どこを探してもカガリの姿はどこにも見当たらない。
広大な敷地を持つ屋敷とは言え、使用人を総動員してもこれだ。
時間の経過と共に、俺や使用人達の脳裏にも嫌な言葉がちらつき始める。
そう、"誘拐"という二文字が。
何とか振り払おうとしても、あの笑顔と泣いてる顔が頭の中で入り混じって、上手く消化出来ない。
「・・・くそ!」
どんっと、壁に向かって拳をぶつけると、その拳からじんわりと血が滲み出していた。
込上げる不安と、不甲斐ない自分への怒り。
その色はまさに、今の俺に対する戒めそのものだった。
・・・と、はっと地面に視線を下ろすと、いつ来たのか1匹の仔猫が自分の足元でごろごろと喉を鳴らしている。
俺は何も考えないまま拾い上げると、その仔猫は小さく鳴いて、嬉しそうにまた喉を鳴らし始めた。
しかし、一体どこからやってきたのだろう?
こんな小さい仔猫一匹でこの屋敷に入り込んだというのか?
見ると、まだ歩けるようになってほんの一月程度のようだ。
そんな仔猫がどうして・・・・・。
「ま、まさか・・・!」
その瞬間、俺の頭にある場所が浮かび上がった。
・・もし、俺の予想が当たればカガリは間違いなくあの場所にいる。
キラが、あいつが昔そうであったように。
俺はその仔猫を抱いたまま、急いでその場所に向かった。
「・・ハァ・・ハァ・・。ここら辺だな。」
ここはアスハ邸の最東部であり、屋敷から最も遠い雑木林のようなところ。
海との調和を表す表玄関とは違い、大地の自然をそのまま移した、まさに林そのものだ。
と、その林から、今抱いている仔猫とよく似た仔猫が、ゆっくりと俺の方に近付いてくる。
・・・やっぱりな。
俺はその仔猫を拾い上げると、そんな確信を込めて、林の奥へと進んだ。
林に入ると、そこは意外と明るく、場所によっては日がさんさんと降り注いでいる所もあった。
そんな中、1本の大木の前で、無邪気に遊ぶ仔猫たちを発見する。
予想した通り、どれも今俺の腕の中にいる仔猫に似た仔猫ばかりだ。
と、同時に、俺はその側で仔猫のように、澄んだ声を挙げる少女を見つけた。
「こら!そんなに飲んだら、他のやつの分がなくなるだろ!・・あ!それは食べ物じゃない!」
澄んだ声に、眩しい瞳。
そして綺麗な金髪の髪。
仔猫と一緒になってはしゃぐ姿は、まさに彼女らしいな。
「・・・・・カガリ。」
そう言って静かに声を掛けると、いつも大きい瞳が更に大きくなって、俺を見上げた。
「ア、アスラン!え?何でお前がここに・・・・?」
「君を探しに来たんだよ。カガリがいなくなったって・・・屋敷じゃ大騒ぎだ。」
「ご、ゴメン!その・・悪気はなかったんだが・・・どうしてもこいつらが心配で・・。。」
しゅん、と顔を俯けると、そんな彼女に周りの仔猫たちが励ますように、喉を鳴らす。
その先には、母猫らしき姿があった。
産後の肥立ちが悪いのか、静かに横たわって寝ている。
それを確認すると、ようやく俺はカガリが何故こんな屋敷から遠い場所まで来ていたのか分かった。
「・・・・いつからいるんだ?この猫達は。」
「・・・ほんの1ヶ月前ぐらいからだと思う。多分、この母猫が出産する直前ぐらい・・。」
「・・・・そうか。」
「・・・・・・・・・・・・・怒らないの・・・か?」
「え?」
ふいを突く質問に、カガリの顔を見ると、その瞳は不安でいっぱいだった。
・・・きっと、自分でも事の大きさを分かってはいたんだろう。
それでも、目の前の小さな命をほっとくことなんて、カガリに出来るはずがない。
自分の仕事と命をどちらを優先するか・・・・。
きっと彼女の中に、後悔も迷いも何もなかったんだろうな。
「怒らないよ」
「え、だって・・・・」
「こうして無事に見つかった、今はそれだけでいい。それよりも早くマーナに知らせて、安心させてやらないと。な?」
「・・・・・うん!」
・・・一瞬、彼女の微笑みと共に、何かが目の前ではじけた気がした。
あー!ダメだダメだ!
どうもこのカガリの笑顔に、俺はまだ免疫が出来ていないらしい。
蒸発したように熱い顔を隠すのにいっぱいいっぱいで、そんなことを考える余裕すら今の俺にはないんだろうけどさ。
そんな俺の気持ちを察知したのか、抱いていたことすら忘れた子猫たちが、一斉にまた鳴き始める。
それに気をとられたのか、カガリは俺の顔を見ることなく、終えたけど・・・。
----------でも問題は、次だった。。
「でもアスラン、よくこの場所が分かったな?こんなに屋敷から離れてるのに。」
「分かるよ。俺はキラとのかくれんぼでもいつも鬼役だったから、こういうのは慣れてるんだ。
それにキラも昔、よくかくれんぼ中にどこかの捨て猫に世話をしに行ってた時があったから、隠れやすいここなら・・・と思ってな。」
「・・・じゃあ私はキラに感謝しないといけないんだな!」
「は?」
「だってキラが昔そうやっていなかったら、いつまでも見つからなかったんだろ?」
「いや、まぁそれはそうかもしれないけど・・・」
そうかもしれない。
そうかもしれないけど・・・・何かが違う。
別に期待とかしてる訳じゃないけど・・・・・もうちょっと違う見方とかないのか?
・・・まぁ、そこがカガリらしいのかもしれないけど。
持ってきた毛布を仔猫や母猫に掛けながら微笑むカガリを見ながら、俺もつられるようにして、笑っていた。
「カガリ、行くぞ。」
「・・・うん。」
「・・・心配しなくても、マーナやみんなに知らせれば、また見に来れるさ」
「・・・・うん、そうだな!」
・・・力強く頷いたカガリの瞳はやっぱり眩しい、と思った。
いつの間にか赤く染まっていた太陽も、今日に限っては温かく感じる。
毛布にくるまって眠る猫達に感謝しつつ、すっとまっすぐ立った彼女の背中を見つめた。
---------------また、見つけるから。
----------------------どんなことが起こっても、絶対。
そう、心に決めながら。。
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*管理人コメント*
「かくれんぼ」って何だか可愛い響きで好きなんですよ。
私も小学生の頃、どろんこになりながら遊んでました。
・・・・けど、何故か最後まで見つからない私。。
友達曰く、自然と同化してたらしいです(苦笑)
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