遠くで見たもの



「へっへっへっ・・・・・へっくしゅ!」





ブルッと体を震わせながら、ずずっと鼻をすする

その上コタツに入っているにもかかわらず、寒そうに体を擦った

そんな様子の乱馬にすかさずあかねが突っ込む

「ほら、やっぱり風邪ひいたじゃない・・・・・・・・」







あかねの言うやっぱりとは、昨日の夜の出来事に遡る

いよいよ冬が到来し、東京の夜空の下でも凍えるような寒さが覆う今日この頃

と、そんな中





「待ちやがれー!!このくそ豚っっ」

「P〜!!!!」



タンクトップとトランクス一枚という、冬では考えられない格好をしながら、家中を走り回る乱馬

途中あかねにPちゃんをいじめるなという催促と共に「そんな格好だと風邪をひく」と注意を受けたが、一旦熱くなると止まらないのがこの男

結局深夜にさしかかるという時間になるまで走りつづけた









「ほんと、バっカみたい」

「けっ、どうせまたどっかの誰かが俺の噂でもしてんだろ
 いや〜人気者はこ、困・・・・・へっくしゅ!」



ぶるっと身震いをすると、再びずずっと鼻をすする

さすがに強気に見せかけていても、こればっかりは少し辛そうな表情を見せた





「ねぇ・・・・ほんとに大丈夫なの?さっきより顔赤くなってるわよ?」

「うっせーなー。風邪じゃねぇっつってん・・・・・・・」

そう言い掛けた時、乱馬の体がぐらりと揺れた

倒れはしなかったものの、危なく机に頭をぶつけそうになるぐらい体の力が一気に抜けてしまったらしい

なんとか手で床を抑え、上半身を起こした



「・・・・・っとと、危ねぇー。」

「バカ!「危ねぇー」じゃないわよ!言ってる側からもう・・・・・・・・・
 今から布団敷いといてあげるから、大人しくしてるのよ?」

「ちょ、お、俺は・・・・・・」



あかねはそれだけ言うと、乱馬の有無も聞かずにパタパタと2階へあがってしまった











少しして、乱馬が様子を見に部屋へやってくると、そこにはきちんと敷かれてあった布団が1つ置かれていた

普段あかねの生活状況を見ていて綺麗好きなところは知っていたつもりだが、こうして自分にやってくれるとなると、じ〜んと何か心が熱くなる

と、ようやく乱馬が部屋に入ってきたことに気が付いたのか





「あ!もう・・・・せっかく下まで呼びに行こうと思ったのに・・・・・・・」



少し不安げな表情を見せながら心配そうにこちらに向かってきた



「べ、別にんなもんいらねぇーよっ//第一俺は風邪じゃねぇって言ってんだろっ」

「ったく・・・いつまで意地張ってんの?どっちにしたってもう敷いちゃったんだから、さっさと横になってよね」



そう言って、ぐいぐいと乱馬の袖を引っ張り、少々強引に寝かしつける

あっという間の展開にほとんど成す術がなかったと言ってもいい状態の乱馬だが、観念しましたと言うように大人しく布団に入った

そんな様子に一安心したのか、あかねはほっと一息漏らすと、





「じゃあかすみお姉ちゃんにあんたが風邪引いて寝込んでること伝えてくるね」



という言葉を残して部屋を後にした

一方1人、ポツンと残らされた乱馬は大して眠くもないこの状況下で、どう時間を潰すかということに頭をひねるしかない

確かに普段と比べたら格段に体はだるいし、頭も重い

が、

昔から修行中において早乙女家の秘伝とかなんとかという薬と気力でそれは乗り切ってきたものだから、

こうしてすぐに横になって安静にするということ自体が乱馬にとっては非日常的なのだ

むしろ、気分がすぐれない時こそ体を動かして忘れてしまいたいという気持ちの方が強いかもしれない

本当ならばこのまま起き上がって、道場にでもこっそり行こうとしてみても、布団から少し起き上がった時、

頭に妙な違和感と共にやってくるあかねの自分に見せた不安げな顔が毎回浮かんできてしまう

そしてその度に、乱馬は再び布団の上にどさりと体を乗せるのであった







と、そうこうしている時に再び部屋の襖ががらりと開いた

突然のことに、何も悪いことはしてないと分かっていても乱馬はとっさに寝た振りをする





「・・・・乱馬、起きてる?・・・・・・・・・・・・・・・あ、寝ちゃったか。。どうしよっかな・・・・・・熱測りたかったのに・・・・・・・。」



ちらっと顔を覗いて確認すると、持って来た風邪薬と氷枕と体温計を側に置き、布団の横にすとんと座った

と、同時に乱馬も乱馬で心の中で寝た振りをしたことをえらく後悔してた

(けっ、なんでー・・・・・・てっきりまた怒りやがると思ったら、熱を測りにきただなんて・・・・・こんなんだったらまだ起きてりゃ良かったぜ)

やれやれと思ったその時、ふいに頭にコツンと何かが当った

そして続くように何かが顔にぱさっと触れる





「熱い・・・・・・・・やっぱり熱も出てたのね」





ドクンっ・・・

乱馬の心臓が途端に大きな声を出して鼓動を打ち始めた

あかねの声が、匂いが、温かさがこんなにも自分に近付いている

それを頭だけでなく、心と体までが更に熱を帯びるようにしながら感じていた





「・・・・・っ//////」



たまに、こんな状況に耐えられなくなり声が出そうにもなったが、心の中にいる他の自分がそれを制御しようと何故か躍起になっている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっというまの5秒間だったが、それは乱馬にとって1時間、いやそれ以上にさえ長く感じられた

そんな中だんだんと、薄らいできた意識の中でかすみのあかねを呼ぶ声とあかねが再び部屋を出る音だけが響いていた









あれからどれくらい経ったのだろうか

ぼんやりと、意識を戻していくと少しづつだが周りの音と少しの光が感じられるようになってくる

するとまた耳の近くで





「目・・・覚め・・・・・?・・・・・・かゆ・・・・・食べ・・・さま・・・ひざまく・ら・・して・・・」という、途切れ途切れのあかねの言葉が聞こえてきた

もちろん途切れ途切れになっているのはあかねのせいでなく、まだ意識が完全にはっきりとしていないからなのだが・・・・・・

問題はそこではない

最後に聞こえた「膝枕して」、この言葉に再び乱馬の心臓はドクンっと鼓動を大きく打ち始めた

更にはっきりしてゆく意識の中で、持ち上げられる頭

トンと、何か柔らかい物に置かれると幾分気分が楽になる

(や、やっぱり・・・・・・・・やっぱりあかね・・・・今・・・・・・・・・//////)

ぐっと覚悟を決めて、目をゆっくり・・・・ゆっくり開けると、

そこにはもちろんあかねの顔が・・・・・・ではなく、玄馬の顔がずいっと現れた





「・・・・・・・・・・・・・・は?」

「お、やっと起きたか」



一瞬何が今、どうなっているかも分からない状態でただただ自分の父親の顔を見つめる

そして横目でチラリと見ると、当のあかねはきょとんとこちらを見ていた





「これ、乱馬!聞けばあかね君に大層丁寧に介抱を受けたそうではないか!礼の1つでも言ったらどうなんだ、ん?」



その一言ではっと気が付くと、自分の親をバキっと殴り飛ばし、はぁはぁ言いながらその場を2、3歩ずささと離れた





「ちょっと乱馬!せっかく早乙女のおじ様が一緒になって看病してくれてたのに!殴るなんてあんまりよ!」

「バ〜ロ!!第一親父に看病してもらった記憶なんてねぇーし、おめぇさっき言ってたじゃねぇか!
 その・・・・・おかゆとか・・・・膝枕して・・・とか・・・・・・//////」

「え?だから言ったでしょ?おかゆ食べさせてあげるから、おじ様に膝枕してもらってて、って」



あかねによってさらりと言われたその言葉の中に含まれる残酷な言葉の数々に、乱馬の思考はストップ状態のままだった

意識が薄かったとはいえ、何かに期待をしていた自分もバカに見えてくる

ん?意識が薄かった・・・・・・・・・・・?





「お、おい・・・・・まさか俺の熱を測った時もくそ親父だったんじゃ・・・・・・・・・・」

「そ、それは・・・/////・・・・ってちょっと、熱測った時って・・・・・・・乱馬起きてたの?」



はっ・・・・・・と気が付いた時には既に遅く、あかねは声に出して笑っていた

こうなれば、これ以上墓穴を掘るまいと乱馬も必死に顔をあかねからぷいっと背ける





「そうね・・・・どっちかしら?」

まだ笑いが抜けないのか、ちょっと意地悪気にふふっと質問をぶつけるあかね

「・・・・どっちって・・・・・・・んなの知る訳ねぇだろっ//////」

「じゃあ・・・・・・・・・・・・・・・・・どっちだったらいい?」

「へ?」

この最後の質問にぎくっと固まる乱馬

そんな答え、もちろん目に見えている

が、それを口に出して言うとなるとまた話は別だ

どう答えたら良いか分からず、ただパクパクと口を開けて固まってしまう

と、





「・・・・・・・・・・バカ、悩まなくても顔に書いてあるわよ。」



つんとおでこを指で押すと、そのまますっと立ってあかねは外へ出てしまった

乱馬はというと、あかねが部屋を出たと同時に再びはっと気が付き、無意識の内に鏡を探す

ようやく見つけ、ぱっと自分の顔を写してみると・・・・・

『早く治しなさいよ!』という文字が顔に書かれていた

それも、あかねらしい、あの丸い字で





「あかね・・・・・・・」



なんだかホッとしたような、嬉しいような・・・・そんな気持ちの中で、ふと乱馬は1人ぽつんとつぶやいた



「さて、誰かにばれねぇうちにさっさと顔洗ってくっか!・・・・・・・・・・・ん?」









「あー!大変!乱馬に書いた時のペン、油性じゃない!」





自分の部屋に戻ったあかねが、あの時のペンを見つけると見事に大きく「油性」という二文字が目に付いた

どうしようか、とオロオロするより、むしろ苦笑いするしかないという感じに笑う

その頃乱馬もことの大きさに気が付いたのか、必死に石鹸と水を使ってでごしごし洗っていた

が、無論なかなか落ちないのは言うまでもない





「あ、あかねの野郎〜・・・・・・・・・」





わなわなと肩を震わせながら、少々涙ぐむ乱馬

結局この件のお陰で、油性ペンが完全に落ちる4日後まで乱馬は学校を休むことになった





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*管理人コメント*
「因幡くんの運命製造管理局」管理人爽蝶蒼真さんに相互記念に差し上げました。
風邪を題材にしたお話です。
以前にも一度風邪を題材にしたお話を書きましたが、やっぱり今回も病人は乱馬君(笑)
そしてなんとなんと、油性ペンで書くシーンがありましたが、あれ実話なんですよ(ぇ
まだ私も姉も小さかった時に、思いっきり喧嘩して、負けた私が逆襲という形で(^^;)
その後についてはご想像にお任せしますが・・・・いや〜・・・怖かった(笑)