朝日が昇れば




「かわいくねぇ。不器用。寸胴。バーカ。」

「何よっ!乱馬のバカっ!勝手に右京の許婚にでもシャンプーの婿にでもなればいいじゃないっ!もう知らないっ!!」


「はぁーっ・・・」

あれから数時間、あたしはベットで寝付けないまま1人深い溜息をついた。

 ―どうしていつもこうなるんだろう―

周りから言わせれば、今日もただの、いつもの痴話喧嘩。でもあたしはいつもと違って胸がキリキリと痛んだ。

 ―かわいくない?そうだよね…かわいくないよね…右京やシャンプーにつまんないヤキモチ妬いたりして…

 不器用?そうだよね…右京やシャンプーと違って料理もロクにできないあたし…乱馬の言う通りだよね…―

部屋にはコチコチと規則正しく進む時計の音だけが響いている。

 ―もし…あたしが言ったように…乱馬が右京やシャンプーと…―

「道場行こうっ」

あたしはそう思った瞬間、道着に着替え始めていた。


あたしはそっと部屋のドアを閉め、物音を立てないように廊下を歩いた。

まだ夜中の1時半。家族はだれも起きていない。

どんな嫌な事があっても稽古をすれば、きっと解決法が見つかる。

あたしは幼い頃からいつもそうしてきた。

家のはなれにある道場に行くには、1度外に出なければならなかった。

「寒いっ」

あたしは思わず呟いた。

もう10月の下旬。朝晩の冷え込みが日に日に激しくなってきていた。

もう冬はそこまで来ているのだ。

あたしはそんな事を考えながら廊下を歩いた。月があたしを眩しく照らしている。

ふと前を向いて、あたしは足を止めた。

こんな時間なのに道場に灯りがついていたのだ。

―昨日消し忘れたっけ?―

一瞬そんな考えが頭をよぎったが、そんな事はない。昨日確かにあたしは自分で電気を消したはずだ。

あたしは気配を殺して道場の中を覗いた。

するとそこには道着に身を包み、黒帯を締め、おさげをなびかせ黙々と稽古をする奴がいた。

いうまでもない。乱馬だ。

「乱馬。」

あたしは彼の後姿を見ると、無意識にそう呟いてしまった。

「あかね!?どうしたんだよっ?こんな時間にっ!」

乱馬はとても驚いたような表情をあたしに向けた。

あたしは黙った。乱馬のことを考えていて眠れなかったなどと言える訳がない。

「そっ、そっちこそこんな時間に何してんのよっ!」

乱馬は「ぇ、ぃゃ」と小声で呟くように言ったっきり、俯いて黙ってしまった。

あたしの後ろから、冷たい風が吹き付ける。

しばらくの沈黙が続いたあと、

「手合わせしねぇか」

と乱馬は呟くように言った。


「いくぜっ!」

乱馬がそう声をあげ、あたしに拳を繰り出してくる。あたしはそれを紙一重でかわす。

いつもそうなのだ。乱馬はあたしと手合わせする時は、必ず手を抜く。

いくらあたしが強いといってもそれは女という尺度から見てであり、本気でやったら乱馬にかなう訳もないのだ。

本気のあたしの拳もさらりと彼には避けられてしまうが、乱馬は何も言わない。

それが乱馬なりの優しさなのだ。

「たあっ!」

乱馬が出した拳をあたしは寸のところでかわした。

「しまった。足だっ!」

あたしは乱馬の足技をもろにくらいそうになり、上へと避けた。

…つもりだったのだがあたしは体制を崩し、そのまま道場にまっ逆さまになった。

 ―叩きつけられるっ―

あたしは観念して目を閉じた。

ところがいきなりふわっとあたしの体が浮いた。

「……?」

あたしはそっと目を開けた。すると白い道着が顔のすぐ横にあった。

あたしは乱馬の二の腕にしっかりと抱きとめられていたのだった。

ドスン

鈍い音が道場内に響いたがあたしは何も衝撃を受けなかった。

しかしさすがの乱馬もそんなに上手く着地できなかったと見えて、道場の床に2人して横に転がった。

「乱馬っ!大丈夫っ!?」

返事はない…

「ちょっと乱馬っ!!」

「乱馬っ!乱馬ってばっ!!」

心配でたまらなくって今にも泣き出しそうなあたしの横で

「…ってー」と突如乱馬が声を出した。

「ててて、怪我ねぇか?あかね…」

あたしのこらえていた涙が次々と流れ落ちた。

「あかね!?どっか怪我したのかっ!?」

乱馬が心配そうにあたしの顔を見る。

「ちがうっちがうの。っごめんっごめんねっ乱馬っっっ。」

あたしは乱馬に謝った。くだらないヤキモチを妬いて乱馬にひどいことを言ってしまった。

なのに乱馬は何も言わずに助けてくれた。

「あたしっくだらないヤキモチ妬いたりしてっ…ごめんっごめんなさいっ」

「泣くな」

乱馬がきっぱりとした声で言い、あたしの涙を拭ってくれた。

「…え…」

「そんなつまんねーことで泣くな。俺も悪かったんだし…それに…」

「…それに…?」

「…なんでもねぇっ!!」

「なによっ?」

乱馬は黙り込んだ。耳まで真っ赤にして。

あたしは乱馬の言葉の続きが気にはなったけど、

 ―でもまぁ、いっか。いつかきっと乱馬が自分から言ってくれるよね―

そう思ったからそれ以上は何も言わなかった。

それから道場の床に転がったままのあたしと乱馬に長い沈黙が訪れた。


どれくらい時間か経っただろうか…

さっきまで以上に、外は冷え込んできたみたいだった。

「ね、乱馬。」

あたしはよっと体を起こすと乱馬の顔を覗いた。

「ん?」

と乱馬はあたしの顔を見る。

「お月様見ない?確かもうすぐ満月でしょ。」

「ああ、いいけど。」

乱馬もそう言うと立ち上がった。

あたしと乱馬は2人で外に出た。

「わー寒いっ!!」

外はさっはより冷たい風が吹いていた。

そんなあたしの言葉を聴いてか聴かずか

「ちょっと待ってろ。」

乱馬はそう言ってどこかへ行ってしまった。

風が頬に当たって冷たかった。


「ほら、屋根に上ろうぜ。」

乱馬はいつ帰ってきたのか、そう言うと、あたしをひょいと抱き上げた。

「ちょっと乱馬っ!!」

あたしがそう言うのも聞かず、乱馬はあたしを抱えたまま軽々と屋根に上った。

「ほれ、寒ぃだろ?これ着てろよ。」

乱馬はあたしの肩に自分のチャイナ服をかけてくれた。

 ―わざわざ取りに行ってくれたんだ―

「ありがとう。」

あたしは乱馬の気持ちが凄く嬉しかった。

あたしは乱馬の肩にもたれた。

「え゛っあっあかねっ。」

乱馬がギシギシと体をならして動揺しているのがあたしにもわかる。

 ―ほんっとに照れ屋さんなんだね♪―

あたしはなんだかおかしくなった。

「あ゛?え゛っ??あっあかねっ」

「しーっ。月が見れないよ。」

あたしは顔の前で人差し指を立ててそう言った。


「綺麗っ…。」

まだ完全に満月ではなかったけれど、まんまるいお月様が明るくあたし達を照らしていた。

「ああ、綺麗だ。」

乱馬が珍しく真面目な声でそう言った。

どこか遠くで犬の遠吠えが聞こえる。

「ねぇ、乱馬。」

「何だよ?」

「もう少しこうしてていい?」

あたしはもうしばらく、乱馬のぬくもりの側にいたかった。

「おっ俺は別にお前が嫌じゃなけりゃ//////」

乱馬は言葉の語尾を濁して真っ赤になった。


あんなに不安で眠れなかった夜。

でも次の朝陽が昇っても、乱馬はあたしの側にいてくれるよね。

あたしはそれが嬉しかった。


しばらく間をおいてあたしは言った。呟くような小さな声で。

「ありがと、乱馬。」

「何が?」

乱馬は不思議そうな顔をしてあたしを見た。

「なんでもないっ!」

あたしはそう言うと無邪気に笑って見せた。

乱馬の耳まで赤くなっていくのがわかった。

 ―照れ屋さん―


このつかず離れずの関係がいつまて続くのかはまだわからないけど…

もう少しこうしててもいいよね?乱馬。

さっきよりちょっぴり西に傾いた月の光があたしたちを包み込んでいた。


 ―― End ――








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*管理人コメント*
コメットさんから投稿小説として頂きましたvv
どうやら今回が初めての投稿らしいんですけど・・・・
う、うますぎですっ(汗)
ご本人は「かなりおかしい」と言っておられましたが、全然そんなことないですよね?!
私の初めての小説なんて、今私自身削除しようかと思ってるぐらいですから(笑)
乱Xあのそれぞれの気持ちが本当によく伝わってきましたvv
「つかず離れずの関係」・・・・確かにそうですよね♪
でもそこがまた魅力的でもあります////
素晴らしい小説ありがとうございました^^