あと少し



大晦日、今年もあと僅かという時間。
居間に入ろうと襖に手をかけると、廊下の突き当たりの階段を上る影に気付いた。

あかねだ。

口に手を当ててあくびなんかして、なんだか眠たそうな顔をしている。

・・・まさかもう寝るのか?まだ新年を迎えてね−ってのに。

おれはそっとあかねの後をつけて2階に上がった。

あかねは自室のドアに手をかけていた。


「・・・おい。」


「あ、乱馬・・・。」

「あ、じゃねーよ。なんだよ、もう寝んのか?」

「うん、大掃除張り切りすぎて、疲れちゃって・・・。年越しまで起きてられそうにないの。」

そういうあかねは心なしかふらふらしている。
廊下の突き当たりにかかっている時計を見ると、23時50分。

「あと十分も我慢できねーのかよ。ガキだなー。」

「なによ・・・。」

あかねはいつもみたいに突っかかってこない。
本当に眠いようだ。

「なんだよ、今年最後の勝負をしてやろーかと思ったのに。」

「ははー、去年あたしに負けたまま年越したのが、悔しいんだ。」
・・・今年は剛力蕎麦のせいで、あかねに惨敗して年越したんだよな、そういえば。
「けっ。あんなの、負けたうちに入らねーよっ。」

「じゃー、やりましょうか?今ここで。」

あかねが強気な表情になる。
勝てるわけね―のに、何でこんなに自身あり気なんだ、こいつ。

「おもしれー。」

「種目は?」

「そうだな・・・去年は腕相撲だったから、今度は指相撲でどうだ?」

「受けて立とうじゃない。」

あかねが手を差し出す。おれはその手をとってあかねと手を組み合った。
次の瞬間にはあかねはおれの親指を押さえようとした。
・・・「はじめ」の合図もなしかよ。
おれはちょっと笑った。
でもあかねは気づかない。
もうおれの指を抑えることに熱中している。


「ちょっと、ちょろちょろ逃げないでよっ。」

おれが親指を動かすと、あかねもそれを追ってムキになって親指を動かす。

「何勝手なこと言ってんだ、ばーか。」

おれは舌を突き出してあかねをばかにした。


試しに一瞬動きを止めると、あかねはすかさず渾身の力でおれの指を押さえつけようとする。

「さっ。」
押さえられる直前によける。

「この〜〜〜っ。」


時計を見るといつの間にか23時57分。

「あんた、遊んでんでしょっ。」
おれの指をなかなか捕まえることが出来ないあかねが、痺れを切らしておれに顔をぐっと近づけて憎らしげに言った。

「そんなことねーさ。」

おれはそう言いながらあかねの指を押さえた。

「あーっ!ずるいっ!」

「けっ、勝負にずるいも何もあるかよ。」

あかねがおれを悔しそうに睨む。


・・・ま、いーか、まだ時間あるし。

「しょーがね−なー。」

あれはあかねの指を放した。

「次はもうねーからな。」

「わ、わかってるわよ。」


23時58分30秒。
あかねはまだおれの指を追っている。

「なー、あかね。」

「なによっ。」

あかねは真剣そのものな表情で、手元から目をそらさない。

「おれが何で指相撲にしたか、わかるか?」

「どーせ、指の長さでも自慢しようとしたんでしょっ。」

「ちげーよ、ばか。」

「じゃあ何よ。」

時計の針は23時58分45秒。

「手、繋ぎたかったから。」

「・・・え?」

「スキあり。」

あかねがおれの顔を見た瞬間、おれはあかねの親指を押さえた。23時59分。

「・・・ウソに決まってんだろ。」


「・・・・・・なっ・・」

「ず、ずるいっ!卑怯者っ!」

「二度も同じよーな手に引っかかりやがって、ばーか。」

「だ、だって今のは・・・!」

「問答無用。10カウントな。いーち・・・」

あかねが悔しそうに唸る。

「にーーい、・・・さーーーん・・・」

「しーーーーーーーー。」

「ごーーー・・・ろーーーーーく。」


「・・・ちょっと、早く数えなさいよ。」

あかねは親指をおれの親指の下で動かして逃げようとしつつ、不審な顔でおれを見た。

「・・・なんだよ、形勢逆転のチャンスを与えてやってんのに。・・・はーーーち・・・」


その時、階下からテレビの音が微かに聞こえてきた。

『さあ、いよいよ新年に向けてのカウントです!・・・20!19!18!』

「・・・・・・。」

・・・あれ?この時計、もしかして進んでんのか?
おれは廊下の時計を見た。
ちょうどその時時計の長針と短針が0を指した。
テレビから聞こえるカウントはまだ15だ。

「ちょっと、10カウントはどうしたのよ。」

「え?えーと、今どこまで言ったっけ。」

「8まででしょ!」

「あ、そーか。・・・きゅーう・・・・・・・・。」

テレビのカウントダウンはまだ10だ。


「・・・・・・。」

あかねがおれの顔を覗き込んだ。


「・・・ばかね。あの時計狂ってるのよ。ちょっと早いの。」

あかねの親指はもう抵抗しない。
おれは何も言えなくなった。
そのまま何秒かが過ぎた。
組み合ったままのあかねの手はやけにあったかい。


どうも狂っているらしい廊下の時計が0時0分15秒を過ぎ、
微かに聞こえる階下のテレビの音声がハッピーニューイヤーと言った。


「・・・10。」

おれは小さく最後のカウントを口にした。

あかねがくすくすと笑い出した。

「な、なんだよ。」

「べつにー?」

おれは手を離した。

「と、とにかく、去年最後の勝負はおれの勝ち、今年最初の勝負もおれの勝ちだぞっ。」

「あっそう。・・・・・・おめでと。」

あかねがおめでとってところをちょっと言いにくそうに言うのでおれはあかねの顔を見た。

「・・・あけまして。」
あかねはちょっと強気に、うつむきがちに言う。

「・・・おめー、新年早々かわいくねーぞ。」
おれは思わず笑った。


「じゃーな、早いとこ寝とけ、ガキ。」

おれはくるりとあかねに背を向けて階段に向いながら言った。


「もー、あんたのせいで眠くなくなっちゃったわよ。」

あかねが明るい言い方でそんなことを言う。


「・・・じゃー、今から初詣でも、行くか?」

おれは階段を下りかけて振向いて言った。



「うんっ。」




―― 今年、一番最初に声を聞いたのはあかね。
               目が合ったのもあかね。
                  触れたのもあかね。


手にはずっと握っていたあかねの手の温もりがまだあって、
気が付くとどこか遠くの方から鐘の音が聞こえてた。



「じゃー、支度して5分後に玄関集合な。」

そう言っておれは足早に階段を下った。

ちょっとそれ早すぎるわよっていうあかねの慌てた声を聞きなが ら。








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*管理人コメント*
かえりみちさんから相互記念に頂きましたvvvv
んもう!!!なんてすごいお方なんでしょうっっっ><
発想といい話の展開といい表現といい!!!
言う事ナシです//////
しかもこの小説大晦日ぴったりにくださったんですよ〜(涙)
人柄にも憧れてしまいますvvvv
最初は憎まれ口ばっかりの乱馬君も最後のカウントの時は形勢逆転♪
可愛いですよねーvvvこういうの^^
あの後の初詣、また手繋いじゃったりしちゃったり・・・・////
(↑ここからは管理人の妄想)
ツボに入りまくりですvvvvvvv
こんっっっっな素敵な小説、本当にありがとうございましたvvv