笑顔の行方
「乱馬、悪いけど今日は先に帰って。」
ある日の放課後。
帰り支度をしている俺の横を、あかねがそういって駆け抜けていった。
「え!?おい、あかね!」
俺がそれに気づいてあかねを呼び止めるが、既にその姿はない。
「ねえ、乱馬君。最近、あかねどうしたのよ?」
「バイトでもしてるの??」
・・・その様子を見ていたクラスの女子が、俺に聞いてくる。
「いや、そんな話は聞いてないけど・・・。」
俺はそう答えたが、実はちょっと気になっていた。
今まではあかねと一緒に学校へきて、学校から帰るのが普通だと思ってたけど。
この一週間、あかねと一緒に学校へは来ても学校から帰ることはなかった。
授業が終わると、アイツはどこかへすぐ行ってしまう。
「乱馬〜、あかねのヤツさあ・・・」
「な、何言ってんだよ。それに、あかねに男が出来ようが俺には関係ないし・・・。」
俺は、クラスメイトがからかってくるのをそういって跳ね除けようとしたが、
「・・・別に俺達はあかねに男が出来たなんて言ってないだろ。お前、そんなに気になるなら聞いてみたほうがいいんじゃねえの?!」
クラスメイト達は面白おかしそうにそういって、逆に俺をせっつかす。
「うるせーな!別に俺は気にしちゃいねえんだって!」
俺は、出来る限り精一杯無関係な素振を装って教室を出たが、その胸中は結構複雑だった。
ここ一週間。あかねは確かに帰りが遅かった。
遅いといっても、ちゃんと夕食までには帰ってくるけれど。
初めは、全然そんなこと気にならなかった。
ヤキモチ焼きで口うるさいあかねがいないと静かだな〜、なんて。
そんな事さえ考えてたくらいだったけど。
でも、
さすがに今日で一週間。
いつもと同じ帰り道なはずなのに、異常にその道のりが長くさえ感じる。
道のりが長ければそれだけ、俺も余計なことを考え始める。
しかもそれは、すべて良からぬことばかり、だ。
どうして、あかねは夕食時くらいの時間に毎日帰ってくるんだ?
あ、高校生の男女が学校帰りにデートをすれば、ちょうど夕食ぐらいの時間帯にはなってしまう、よな・・・?
しかも、毎日帰宅したあかねは何か嬉しそうだし・・・。
それに、
俺がさりげなくどこに行ってたのか聞き出そうとしても、あかねはすぐに話題をそらす。
それが俺には余計に気になった。
まさか、あかねの奴本当に他に好きな奴が出来た・・・?
口には全く出さないけれど、
俺は、日に日に大きくなっていく不安を感じざるえなかった。
「あ、乱馬君。申し訳ないんだけど、ちょっとお買い物に行って来てもらえないかしら?」
・・・そんなモヤモヤした気持ちのまま、今日も俺が帰宅すると。
玄関のところに、ちょうどかすみ姉ちゃんが出てきたところだった。
どうやら、夕食に使う材料を一つ買い忘れてしまったようで、買い物に出ようとしていたらしい。
「行って来ます。」
「お願いね。」
かすみ姉ちゃんに見送られ、俺は再度商店街の方へ向かう。
商店街は、夕方ということもあって、すごく人が多かった。
かすみ姉ちゃんから頼まれた買い物をさっさと終えて、俺はもときた道を戻る。
・・・ふと周りを見ると、放課後って言う時間帯もあって、高校生のカップルが結構いるのに気が付く俺。
普段なら、
「あいつら隙だよなー」「いいじゃない、好きで一緒にいるんだから。」
なんて、あかねと話しながら見過ごす風景。
でも今の俺にとっては、俺の不安を描き立てる材料の他何者でもない。
俺の知らないところで、あかねが他の男とそんな風に歩いてたら・・・
そんな事を考えるだけで、ちょっと胸が苦しい。
疑えば切りがないて分かってはいるけど、この不安だけはどうしても消えてはくれなかった。
と、その時。
「乱馬ー!!」
商店街の向こう側から、ギャロン!という地面がこすれる音とともに、自転車が走ってきた。
「あいやー!こんなところで会う、非常に運命的展開ね!」
シャンプーだった。
シャンプーは乗ってきた自転車を放り出すと、俺に勢い良く抱きついてくる。
「ちょ・・・離れろよ、シャンプー!」
「嫌ある。乱馬、これから私とデートするよろし!」
「俺は忙しいんだって!」
俺はそんなシャンプーから逃れるべく、商店街を激走する。
「あ!乱馬、待つよろし!!」
シャンプーはものすごい勢いで追いかけてくるが、そこは俺もなれた所。
商店街のはずれにある小さな喫茶店の影に上手く身を潜め、シャンプーの追っ手を逃れた。
「ハア、ハア・・。」
しばらくそこで身を潜め、息を整えた後。
そろそろ帰るか、と、俺は何の気なしにその小さな喫茶店の中を覗いて・・・体が固まった。
・・・
・・・・・・嘘だろ?
一瞬、俺の思考回路が止まる。
喫茶店の中には、何組かのお客に混じって、一組の男女。
スーツに身をまとった、27・8くらいの大人の男性と、ショート カットの、高校生の女の子。
二人は、外から見ても分かるくらい楽しそうに、話をしている。
話の最中、思わずハタから見てるこっちが、その高校生の可愛らしい表情に見とれてしまうくらい・・・可愛い女の子。
「あかね・・・。」
俺は思わずそう呟いて、立ちすくむ。
・・・俺の心の中で、言いようのない「気持ち」が、まるで砂浜に 打ち寄せる波のようにじわじわと浸食していく。
何だよ、あかね。
誰だよ、そいつ。
何でそんなに楽しそうに話してんだよ・・・。
・・・俺の中で、言葉にならない言葉が錯乱している。
そして、そんな俺に全く気が付かず、あかねとその相手は、喫茶店から出て俺のすぐ近くを通り過ぎてしまった。
二人の姿は、商店街にたくさんいるカップルの中にいとも簡単に溶け込んでいく。
「・・・。」
俺は、さっきシャンプーから逃れたときと同じようには走れない程、ショックを受けている自分に気がついた。
「・・・ただいま。」
そして。
一気に暗い気持ちで帰宅した俺を、
「あら?乱馬どこ行ってたの?」
と、一足先に帰宅して能天気に出迎える、あかね。
「・・・。」
俺は、そんなあかねの顔を思わずじっと見つめる。
「な、なによ・・・。」
あかねは、そんな俺の迫力にちょっとたじたじしているようだった。
「別に。」
俺は、そんなあかねと目を合わせないようにして家に上がると、かすみ姉ちゃんに買い物の品を渡して、居間に向かう。
そして、何事もなかったかのようにテレビなんて見ているが。
その心の中は、さっきからざわつきっぱなしだった。
「ねー、何で機嫌悪いのよ?」
「・・・うるせーな。何でもねえよ。」
「なによー。変な奴。」
が、そんな俺の心のうちなんて何にも知らないあかねは、のんきにそんな事を言っては膨れてる。
その内、俺があんまり相手にしないものだから、
「なびきおねーちゃん、あのね・・・」
と、俺の横で菓子を食いながらテレビを見てるなびきに話し掛け始めた。
「今日ね、とうとう会えたんだ!」
楽しそうに、なびきにはなしかけるあかね。
『会えた』だあ?
・・・その話の内容に、俺の耳は思わずダンボになる。
「会えたって?誰に。」
なびきが聞き返すと、
「ほら、なびきお姉ちゃん覚えてない?あたし達の中学の時の先生。この間結婚した・・・」
「ああ、あかねの担任の先生ね。結婚式いったんだっけ?」
「そう!飛び入り参加で、みんなで教会にね。」
あかねはそういって、なぜか・・・ちらりと俺をみた。
俺は慌てて顔をそむける。
「で、そのときの写真を渡そうと中学の方へ行ったりしてたんだけど、なかなか会えなくて。」
「それで、今日あったわけ?」
「うん。」
「あんたもマメねえ。」
あかねとなびきは、そのまま中学のときの思い出話をしている。
・・・なんだ。
あの若い男、あかねの中学のときの担任だったのか。
でも、それにしちゃあ、随分仲が良すぎねえか?
あんなふうに楽しく話してる所を、知らない奴が見たら、誤解すんじゃねえのか・・・。
実際、俺は誤解したぞ。
でも、それなら何で何も言わなかったんだよ?
中学の先生に会いに行くって、素直に俺に言ってもいいじゃねえかよ。
わざわざ隠さなくても、さ。
・・・俺は、真実を知ったら知ったでまた不安になった。
何か、しっくり来ない。
俺は何が気に入らないんだ?一体。
中学の担任と楽しそうにあかねが会ってた事か?それとも、俺に隠してた理由がわからないことか?
どちらにしろ、真実を知ったところで、俺の胸から全く消えないこの不安はなんだ?
・・・いらいらするこの気持ちの原因がわからないことが、一層、俺の不安を掻き立てているような気がしていた。
そして、その晩。
もやもやしたまま早々と床についた俺だったが、予想通りというか、案の定、ものすごく嫌な夢を見てしまった。
道の左側に立っている俺。
道の反対側には、あかね。
あかねの姿に気がついて俺は近寄ろうとするけど、ちょうど道に車が通りかかって,一瞬あかねの姿が見えなくなる。
車が通り過ぎて改めてあかねの元へ向かおうとした俺だったけど、目の前の光景に驚き、思わず足を止める。
・・・歩道の反対側で、あかねは、俺の知らない年上の男と手をつないで歩いていた。
俺の前では見せたことないかもしれないような、可愛い笑顔で。
可愛らしい仕草で。
二人は、俺からどんどんと離れていく。
俺がどんなに走っても、追いつかないような速さで、二人の影はどんどん見えなくなって・・・
「うわ!」
・・・そこで、俺は目を覚ました。
枕もとの目覚まし時計を見ると、夜中の一時。
「はあ、はあ・・・」
俺は、異常なくらい汗をかいていた。
「嫌な、夢だな・・・。」
思わずそう呟いてしまうくらい、嫌な夢だった。不快な夢だった。
・・・何だよ、俺。
何でこんな夢を見るんだよ。
自分に何度も言い聞かせたけど、どうしてもその理由がわからない。
でも、このまま再び眠りについたところで、また同じ夢を見そうだ・・・。
こんなのもう、やってらんねえよ。
「・・・。」
俺は、そう思うが早いか、布団を跳ね除け立ち上がっていた。
そして・・・夜中だというにもかかわらず、俺はある場所へと向かった。
コン、コン。
夜中なので、控えめにドアを叩く。
「乱馬・・・?」
少し間が開いて、ドアが細く開く。
部屋の中からは、眠そうなあかねがちょっと驚いた表情で俺を見ている。
「ちょっと、入るぞ。」
俺はそんなあかねにはお構いなしにあかねの部屋に入り込む。
「もう・・・なんなのよお、こんな時間に。」
あかねはブツブツ言いながら、ドアを閉め、俺と向かい合って座った。
「だいたい、あんた今日は何か変よ?一体どうしたのよ?」
そして、そう言うあかねに、俺は覚悟を決めて、自分が今思ってることを全部話した。
こうでもしないと、俺はもうどうしたらよいか分からなかった。
「・・・。」
・・・あかねは、俺の話を全部聞くと、ちょっとの間何か考えてたようだったが、
「・・・まあ、私もはっきりとあんたに説明しなかったのは悪かったと思ってるわ。」
考えがまとまったのか、落ち着いた口調でそう呟いた。
「・・・。」
「中学のときの話だったから、乱馬を引きずりまわしちゃ悪いかなって思ったの。」
「別に、かまわねえけど・・・。」
「それに、先生は先月結婚したばっかりだから、今は奥さんとの事で頭がいっぱいなのよ。
幸せいっぱいなのね。先生が幸せだから、そんな先生と一緒に居たあたしも楽しそうに、幸せそうに見えたのよ。」
あかねはそういって、ふっとため息をついていた。
俺は、そんなあかねの話を黙って聞いていたが、
「・・・でもね。わたし、あんたの話を聞いてちょっと怒ってるのよ。」
あかねは突然そんな事を言い出した。
「え?な、なんでだよ。」
俺があかねの言葉にちょっと動揺すると、
「だって・・・。あんたの夢のなかに登場してきたあたしにヤキモチやかれたって、どうにもしようがないじゃないの・・・。」
あかねはそういって、急に俺の頭を自分の胸元へと引き寄せた。
「でも、夢の中だって、嫌な思いさせちゃったんだよね。・・・ごめんね。」
俺の頭を抱いたまま、そう呟く、あかね。
・・・俺は、自分が情けなくなってしまった。
あかねは、悪くないんだよな。
俺が勝手に勘違いして、やきもち焼いて、変な夢を見て、部屋に入り込んできて・・・。
なのに、最後はあかねに謝らせてしまって。
俺、本当に何やってるんだろう。
「あかね・・・。」
俺は、あかねに抱かれたままそう呟く。
・・・あかね、俺、わかったんだ。
何が不安だったか。
あかねが他の男と会ってるってことよりも、楽しそうに笑って立って事よりも・・・きっと、俺といる時以上に可愛い顔で笑ってる姿を、 俺以外の奴に独り占めさせたのがすごい嫌だったんだ。
たとえそれが、どんなに短い時間でも。
あかねのその笑顔の行方が気になってたんだ。
俺以外の男の前で笑っている、その笑顔が、そのままその男のものになってしまうんじゃないかって・・・。
だって、さ。
そんな顔で笑われたら、どんなに決まった相手がいたって、男だったらクラクラと来てしまいそうだって、思ったから・・・。
「・・・俺、帰るよ。」
俺は、あかねの腕から逃れて、立ち上がった。
「乱馬。」
あかねが俺を呼ぶ。
「悪かったな、こんな時間に押しかけてきてよ。」
そう謝る俺に、あかねは、
「部屋に戻って寝れるの?」
「寝れなくても、寝るしかねえだろ。」
「また、嫌な夢、見ない・・・?」
そういって、俺の袖をぎゅっと引っ張った。
「あたしだって、乱馬がそんな変な夢見るの、嫌だもん。だから・・・」
そう呟くあかねは、ちょっと寂しそうな表情をしていた。
あかねのそんな表情を見た俺は、ぐっと胸が詰まる。
でも、次の瞬間、あかねがとんでもないことを言い出した。
「だから・・・今日は一緒に寝よう。」
「な!?」
お、お前は一体何を言い出すんだ!
俺は、一気に耳まで真っ赤になる。
「い、い、い、い、い、一緒っておまえ・・・」
「ちょ、ちょっと!変な意味に取らないでよ!そうじゃなくて・・・」
あかねもちょっと赤くなっていたが、
「嫌な夢見た後は、ちゃんとその不安を解消しとかないと、またそう言う夢見ちゃうでしょ・・・。乱馬が二度とそんな変な夢見ないように、今日はあたしが一緒に寝る。」
そういって、俺の腕を掴んだまま、ベットに入った。
「・・・あたしは乱馬の夢の中で、知らない人と手をつないでたんでしょ?」
「あ?ああ・・・」
同じベットにはねていても、微妙に距離を取っている俺達。
あかねの質問に、俺は半分気が気でなく答えるが、
「じゃあ、あたしたちも今日は手をつないで寝よう。」
あかねはそんな俺にお構いなしだ。
そして、俺の右手を掴み、目を閉じた。
俺は、あかねのそんな気持ちが、すごく嬉しかった。
俺がつまんない夢を見たばっかりに、あかねにつまらない心配かけて。
なのに、コイツ・・・。
「ごめんな、あかね。」
俺は、俺の手をぎゅっと握ったまま寝息を立てているあかねの顔に、小さな声でそう呟いた。
そのまま、さっきあかねが俺にしたように、繋いだままの手をゆっくり動かして、あかねの頭を引き寄せる。
・・・大丈夫だよ、あかね。
俺、たぶんもうそんな変な夢見ないからさ。
あかねとこうやって今日、寝れたから、もう絶対大丈夫だ。
だから、
あかねがもしも変な夢を見たときは、
今度は俺が、そんな夢を二度と見ないように一晩中側にいるよ。
約束、する。
俺は、眠っているあかねの体を、今度は開いているほうの腕でギュッと抱きしめた。
・・・その日以来、俺はもちろん、もうあんな妙な夢は見なくなった。
そして、
その日以降は、またいつものように、あかねが俺の隣を歩く、そんないつもの放課後を迎えることが出来た。
それがいかに俺にとって大事なことだったか。
この数日で、嫌って程思い知った俺だった。
Fin
written by 永野 刹那 2003.09.25
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*管理人コメント*
「宵のムラサメ」の管理人、刹那さんに相互記念として戴きましたvv
リクは「あかねちゃんにめっちゃヤキモチを焼く乱馬君」
まさにぴったりっっ!!////
にしてもあかねちゃん大人ですね〜vv
そして・・・・・大胆////
でもそこがまたかわいくていいですよね☆
刹那さん!!すばらしい小説ありがとうございましたvv
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