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序章




----その手はいつもよりも冷たかった。



自分のものよりも一回りも二回りも大きな手は、自分の手を無理やり掴んで離そうとしない。
いやいやと、何度も足に力を入れて止まろうとしても、その願いが叶うことはなかった。

「いつまで駄々を捏ねておる!お前とて、事が分からぬ歳ではなかろう!」

「…嫌です!まだ他の方法が…未来があるかもしれないのに…!」

「もう時間がないのだ、カガリ。酷なことではあるが、我らには既に迷いや後悔をする時間すら残ってはおらん。これがどういうことか、分かるな。」

「ですが…!お父様!」


どんなに懇願しても届かない、自分の声。
父の顔は廊下の明かりが弱いため、ほとんど確認することが出来なかった。
ただ手を握り締められて、引きずられるようにして連れて行かれる。
いつの日だったか、いたずらをして調理場の隅に隠れいた所を見つかり、そのまま怒られるべく父の部屋へと同じ様に連れて行かれたことがあった。
ただ今と違ったのは、その手は思わず放したくなる程熱く、父の顔に怒りの表情がはっきりと見えたことだ。
しかし今、表情は見えなくとも怒りを感じることはない。もちろん、その理由もカガリ自身重々承知の上なのだが。

カガリの抵抗も空しく、隠し扉からそのまま続く地下道の奥の更に奥へと2人は進んでいく。
地下だけあって空気もかなり埃っぽい。思わず咳込んでしまうと、父の足が止まった。

「…着いたぞ。」

「え?」


父の声で何とか咳を止め、改めて顔を上げると目の前に重々しい扉が2人の前に置かれている。
そこにはオーブの国印であり、またアスハ家の紋章でもある獅子2頭がが向かい合うように描かれていた。
その獅子にウズミが手をかざすと、ぶぅぅ…んという音と共に獅子の目が光りだす。
と、がちゃりと重い音を出して、その重厚な扉の鍵が開かれたことを示した。

ゆっくりと開かれるその扉の向こうにある部屋。
今まで見たことのないその不思議な部屋に、カガリは思わずあっ、と声を漏らしてしまった。


たった3畳程の広さの部屋は、全て白で統一されている。だが部屋は部屋でもまるで部屋自体がカプセルのように全て特殊な金属で覆われていた。
そしてその部屋の中心にあり、またこの部屋でただ1つあるもの。
それが、オーブのハウメア島の岩で作られた”棺”だった。

その棺を見たウズミが一瞬表情を曇らせたが、カガリはその表情に永遠に気付くことはない。
不安で瞳を潤ませている愛娘に心を痛めつつも、そのような表情を作ってはならないと、ウズミは心を鬼にしてきっと顔を引き締める。
落ち着き払いながら部屋に入ると、扉と同じく描かれた獅子が描かれた棺に先程と同じ様に手をかざした。
すると棺の蓋がゆっくりと開き、中から棺よりも一回り小さいガラス張りのケースが出てくる。
まるでケースの中には赤ん坊の揺り篭だとでも言うように、柔らかそうな布団に白いシーツが掛かっていた。
カガリがそれらを呆然とした様子で見ていると、一呼吸置いてからぽん、と優しく愛娘の頭を父が撫でる。
はっとしたように、カガリも父を見上げた。
…とうとう、この時間(とき)が来てしまったのだ。

「…お前はこれが何か…分かるか?」


思わず首を横に振りたくなった。
ここで分からない、とでも言ってしまえばまだ戻れるような気がして。
しかし父の表情を見た途端、自然と首は縦に動いた。

「それならよい。さ、ぐずぐずしている暇などないぞ。さっきも言ったように、我らにはもう時間がないのだ。」


撫でていた手をそのままカガリの腰に廻し、もう片方の手で足を持ち上げる。まるでお姫様抱っこの状態だ。
いつもなら恥ずかしくて暴れようともしていたけど、今回は違う。むしろその逆だ。
胸元をぎゅっと掴んで、放そうとしない。だって放してしまったら、もう……

「獅子の娘が、そんな甘ったれでどうする。お前にはオーブの未来が掛かっているんだぞ。」


ようやく、父が笑顔を見せた。自分にしか見せない、父親の顔を。
思わず胸に顔を埋めて、体を震わせる。涙がぽろぽろと溢れてきた。
それに気付いたのか、先程よりも声を和らげて優しく、労わるようにカガリに声を掛ける。


「…お前にはずっと苦労を掛けてしまったな。そしてこれからも……。」

やっと、首が横に動いた。
でも自分が聞きたいのは父のそんな言葉ではない。

「父とは別れるが…お前にはオーブという国がある。その血がお前の体に熱く流れている限り、私は常にお前の隣に、お前の中にいよう。寂しくなればいつでも心の中で呼べ。そうすれば必ず父はお前の前に姿を現すであろう。」

「お父……様……」


気がつくと、もう体をガラスケースの中のシーツに横たえられていた。
きっと自分が手を放してしまえば、父は自分から離れてしまうだろう。
だからこそ、この手を放すわけにはいかなかった。
しかし、やはりカガリの願いは叶わない。
体が横になった時、腕に少しだけちくっとした痛みが走った。途端、全身の力が抜けて体がだるくなる。

「…あっ……」

「安心しなさい。即効性の麻酔を打っただけだ。時期に瞼も重くなる。」


父の胸元から離れた腕は、だらりと力なく自分の体に落ちる。
その腕をウズミは丁寧にカガリの胸元に引き寄せ、両手を組ませた。これから長い眠りに着つく、娘の為に。
そしてそっと頬を撫でながら、口を開いた。

「お前の父で…良かったよ……」

「お…父………様……」


もう、体はほとんど動かない。口だって動かない。
だけど、せめて腕だけでも伸ばしたかった。最後に、最後に手の温もりを確かめたくて。
だが非情にもウズミの手はカガリから離れて、代りにガラスケースがカガリとウズミの前に壁となり、カガリを1つのケースに閉じ込めてしまう。
瞬間、更なる麻酔のためとも思われるガスがケースの中に噴射され始めた。
その様子をウズミはただじっと見守っている。薄れゆく意識の中で、父の、初めての涙を見たような気がした。

……お父様……お父様…
ただその言葉を心の中で繰り返しながら、暗い眠りの世界へと誘われていく。
やがて完全にカガリが眠りの世界へと落ちると、その直後に先程の麻酔ガスとは違ったガスが噴出され始めた。
今度は麻酔ではなく、瞬間冷却ガスである。
全ての細胞を安全に、長期に渡って保存するにはこれしかない。心臓はもちろん、なにもかもが凍ってしまう。
しかし一瞬だからこそ、何も感じないまま一時的な”永遠の眠り”につくのだ。

まるで神聖な霧とでも言うように、カガリの体はあっという間に冷却ガスに包まれ、全ての細胞が一瞬にして凍りついた。
棺の外部に取り付けられていた生命装置も、心臓の鼓動を伝える一定の単音からついに無音を伝え、やがてこの装置も低電源状態に切り替わる。
すべては将来のオーブを担う者の長き眠りのために。


低電源状態となった棺は、鍵を開けた時とは逆にゆっくりとカガリの入ったガラスケースを収容し始める。
まさに父と娘の、最後の別れであった。


「……たとえ父や皆がいなくとも、お前には限りない未来がある。そして…お前の幸せこそが父の幸せだということを忘れてはならぬぞ。」



完全に棺の蓋を閉じると、最後に再びウズミが獅子の刻印に手をかざす。
来るべき時が来るまで、愛娘の眠りを妨げることがないように。そしてその身の安全の為に。
ただ安らかに、心休まるような夢を見せてあげたいと、ウズミは静かになった棺を見つめながら、踵を返し、部屋を後にした。


「…国は死すとも、皆に熱き血がある限りオーブは死なん。そうであろう、カガリよ…」



この翌日、オーブ連合首長国代表首長ウズミ・ナラ・アスハは軍事施設である、オノゴロ要塞と共に爆死した。
翌日に地球連合軍から占領を余儀なくされたオーブの最後の抵抗であり、また軍事放棄による戦争の早期終結のためであったとされるが、その真意は誰にも知らされることがなかった。







ただ一人の眠り姫を大地に抱きながら、オノゴロもといオーブに新たな風が吹く。







    m y   b l o o d y ' s    d e s t i n y







■第一章へ■



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*管理人コメント*
さぁ、とうとう始まりました。
管理人初のアスカガ長編物です。
まだ序章なので何が何だか…という状況ですが、原案は去年の夏から考えていました。
半年以上温めに温めまくったお話なので、大事に育てていきたいと思います。
宜しければ、最後までお付合い下さいませ^^