第二章 始まりの階段 庭園から移動してから数分後、広大な学園の敷地の端にある図書館の前に2人の姿はあった。
気が付けば午後の最後の授業の時間に差し掛かっている。
しかし今更この2人に授業のことなど頭にはない。
「あ、ほらあったよ。ウズミ・ナラ・アスハの言葉が入った石碑。」
キラが指を指した先に、それほど大きくも無く、だが周囲とは異なるオーラを放つ石碑がそこにあった。
見ると、言葉だけではなくウズミの最後の様子やオーブの様子などが意外と細かく書いてある。
もちろん今まで何度も社会科の授業でこの時代は取り上げられたし、それなりに勉強もしてきた2人だが、改めて見ると感慨深くなってしまう。
先人達の声をしっかりと受け継いでいるのだろうか、今のオーブは。
---答えはノーに近かった。
「なんかさ。今のオーブって一応色んな人種の人達が住めることにはなっているけど、昔のようには上手くはいかないよね。」
「しょうがない、と言ったらそれまでだけどな。戦後でオーブの実権を握ったのは、反アスハのセイラン派ばかりだし。」
それまでウズミへの信仰心が強かった国民にとって、セイランが実権を握ることは屈辱にも等しかった。
通常であれば歴史問題を取り上げる際に、対抗する派閥を非難し、より此方が有利に進めるため、セイランで言えばアスハ派を中傷、及び批判するが今回は違っていた。
あまりにも「アスハ」の人気が高かったことを重々承知していたセイランは、逆に歴史の中でウズミを称えることによって人々からの非難を免れたのである。
政策は正反対でも、それを正当化するにはウズミの人気をこちらに持ってくるしか方法がない。
言うまでも無く、戦前オーブで売国行為の首謀者とされるセイラン家だが、それは人々の噂でしかなく公に認められている訳でもない。
そして歴史と共に、アスハからセイランという名が国内政治では定着していったのだ。
アスランも元はオーブの人間ではない。様々な事情を抱えて、今ここに住んでいる。
それはウズミの頃に作られたオーブの理念によって生かされたことだった。
と、キラが突然くいくい、とアスランの制服の袖を引っ張る。
見ると、口パクで「あっち」と目で促しながらアスランに示した。
アスランもその視線に合わせると、キラが会う予定だった先生-----マリュー・ラミアスが先程から図書館とその隣にある別館の資料室を行ったり来たりしているのが見えた。
しかも必ず裏口から裏口へ。まるで生徒はもちろん、学校関係者にでさえ見つかってはいけない、そんな雰囲気が漂っている。
表情も何かに追われているように、焦っていた。
「ねぇ、あれはどういうことだと思う?先生、僕には出張でいないって言ったのに…」
「さぁな。何か会議か授業のことでマズイことでもあったんじゃないか?…というかキラ、別に小声で話さなくてもいいと思うんだが…」
「ダメだよ!まだ僕達が近くにいるって気付かれてないんだもん。あの様子だと、もし見つかったら何をしてるのか教えてくれなさそうだし…」
「って、お前教えてもらおうとしていたのか?ラミアス先生に?」
「んー…まぁ教えてくれる、とは思ってないから、”教えてもらう”んだけどね。」
そう言って、にこっと爽やかに笑ってみせる。
その笑顔はやはりどこか黒みを帯びていた。
「…あ!ちょっと先生、図書館から出てこなくなったよ!」
ばっ、と今にでも駆け出しそうなキラの肩を何とか掴むと、その場で制するように言う。
「お前も知っているだろう!裏口は一般の生徒は入れない。第一俺達の今回の目的は…」
「分かってるよ!でも、もしかしたらもしかして、僕達の調べ物にも関係しているかもしれないじゃない!明日はウズミ・ナラ・アスハがこの世を去った国民記念日だし、何かアスハ関連のことかも。」
…確かにキラが言っていることは全部は否定出来ない。
が、可能性は限りなく低い。そうアスランが判断した頃には、既にキラはその場を離れて図書館の裏口に入ろうとしていた。
「おい、キラ!」
今度はアスランが慌てて追いかける番である。
一度やる、と決めた時のキラの行動の早さは誰にも止められない。
アスランを待つこともなく、さっさと裏口から入ってすぐ横にある階段を降り始めてしまっていた。
頑丈な鉄筋コンクリートで出来た資料室に似つかわしくない、石畳で出来た階段は明かりもほとんどなく、まるで底の無い迷宮への入口とでもいうように地下へと続いている。
それでもキラはやってはいけないことをするドキドキ感と、何が起こるか分からないワクワク感が胸を支配しているらしい。足取りがいつもより更に軽いのも気のせいではないだろう。
課題もこの調子でやってくれさえすれば後で苦労することもないのに、とアスランは心の中で独り言(ご)ちる。
「…課題が終わらなくても知らないからな!」
キラの背中に向かって小さく叫ぶと、キラは振り返りざまに笑いながらウィンクを1つ向けてくる。
大丈夫、と言いたいのだろうか。いや、その後に必ず「…後で君に助けてもらうから」とでもつくのだろう。
思いっきり肩を揺らしながら溜め息を吐くと、とん、と何かにぶつかった。
その正体はキラ自身だった。
突然止まった親友に思わず口を出そうとしたが、見事にその親友の手によって塞がれてしまう。
もごっ、と更に何か言いたげにアスランが口を開こうとするが、それも親友に阻まれた。
「しっ。アスランちょっと待って、ここから先は難易度が上がるみたいだよ。」
言われてみれば確かにキラの目つきが変わっている。
そう、キラがこういう目を見せるのは趣味のハッキングで、ある程度”やばい”代物を取り扱っている時のみ。
元々の能力は人よりも高いキラが本気を出す、なんてことはその時ぐらいしかないのだから、まさに今が”本気”の状況なのだろう。
ようやくアスランが何も言わなくなったのを確認すると、キラはゆっくりと塞いでいた手を下ろす。
そして、小声で「見て」と囁くと、階段下の地面を指した。
アスランもそれにならって視線を下にやると、あ、と驚愕の声が漏れた。
「こ、これってまさか…」
「そう、赤外線レーダーだよ。おかしいと思わない?只の図書館の地下にこんな設備があるなんてさ。」
確かにそうだ。
いくら大学の研究室を備えた学園とはいえ、銀行や軍の関係施設のような高度のセキュリティーシステムが必要だというのだろうか。
ましてや図書館の地下、だなんて。
まさかこんな場所にそんな大それた研究機関があるとも思えない。
「…考えてみたらおかしなことばかりだよ。マリュー先生の只ならぬ様子、そして只の図書館の裏口にあったこの古ぼけた地下への階段。所々埃に炭も混じってるしね。そしてこのセキュリティーシステムだ。」
「あぁ、炭に関しては俺も思っていたんだ。それも大分昔のもののようだし…」
「不思議だよね、埃はともかく炭、なんてさ。まぁ、一番の謎はこの赤外線だけど。」
アスランとしては一発でこれがどの様な代物か分かるキラもキラで問題だとは思ったが、今はそれどころではない。
恐らくキラもそうだろうが、ここで引き下がるつもりは既になかった。
「…出来るか?お前に。」
「それ、誰に聞いてるの?」
ふ、とお互いに不適な笑みを漏らすと、同時に持ってきていた鞄からそれぞれのパソコンを取り出した。
キラに関しては、恐らく授業で使うことはないだろうという様な多量のMOと幾つかのケーブルを取り出している。
一般の高校生が所持するとは考えにくい物ばかりなので、ハッキング、又は何か”やばい”ことに手を出す際に使う代物だということはアスランでなくとも容易に想像がつくだろう。
実際、今やろうとしていることも”やばい”ことになるのだろうから。
「じゃあアスラン、僕は今からこのレーダーの解析を始めるからアスランはこの地下の広場の面積を割り出してくれる?大体でいいんだけど。」
「了解。」
アスランが頷いたのを合図とし、2人はそれぞれのパソコンを起動させ、作業を開始した。
キラが手馴れた手付きでケーブルとレーザーの大元の装置を接続していく中、アスランはネット上から図書館の構造計算書をはじめとする重要機密情報を次々と割り出していく。
もちろんこれも1つのハッキング作業だか、その技術は隣にいる親友のお陰で自然と身についたようなものだ。
続いて接続が完了したキラが、複数のMOを使い分けながら驚異的な早さでタイピングをしていく。
ある意味キラがレポートの期限にいつもギリギリ間に合ってしまうのは、この能力故かもしれない。
2人の会話が途切れてからわずか数分後。
キラのタイピング音が止み、アスランが顔を上げた。
「終わったのか?」
「うん、まぁね。そっちはどう?」
「当然だ。」
そう言って、ネットから探し出した地下の構造計算書、及び建築過程の機密資料画面をキラに見せる。
キラは自分の解析結果とそれらを見比べながら、ふむ、と唸った。
「思ったよりも狭いんだね。こんなにセキュリティーがしっかりしている割には。」
「それだけこの先の部屋か何かが広い、ってことだろう。俺が探し出した図にはこの広場までしか載っていないし。」
「恐らく僕の計算だと、僕達の足で次の場所に辿り着けるのは全速力で約15秒、ってとこかな。ってかこのレーダーを一時的に切ることが出来る時間がそうなんだけど。」
「距離は?」
「まぁ50mあるかないかだけど、構造書を見る限り少し道が分かれてる上に、この暗さ…。結構リスクは高いよ。」
はい、と見比べていたアスランのパソコンをアスランに戻すと、キラはようやく顔を上げた。
その表情はどこか厳しい。
たとえ陸上の選手がこの場にいても、きっとキラは同じ結果を言うだろう。アスランの運動神経は誰もが認めている。そういう問題じゃない。
この暗さ、不確かな地図と構図。そして距離。それらを合算した時、視覚でしか情報がない今は此方に不利なことだらけだ。
溜め息の一つでも漏らしてしまう。
それ程までにこの地下を突破することは難しい、ということなのだ。
「リスク…か。」
「アスラン?」
しかしキラとは対照的に、アスランはどこか余裕めいた笑みをその端正な顔に湛えた。
幼馴染のキラでさえもあまり見たことがない、そんなアスランの笑顔はどこか危なし気で心臓に悪い。
「いや、そんなものはこの階段を降りた時からとっくに捨てたと思って。な。」
な、じゃないでしょう!な、じゃあ!
未だにあのどこか気味の悪い笑顔(…はさすがに失礼かもしれないが)を此方に向けてくる親友に、キラは先程のアスランとの変容振りに目を丸くせずにはいられなかった。
いつも冷静沈着な彼を何が突き動かしているのか。
…その答えがこの先にあるのか、又それが何なのか容易に想像はつくけれど、未だにその”彼女”を見たことが無いキラにとっては少々理解し難いものがあった。
けど……興味はある。
じっ…と真顔でアスランを一度見つめると、キラは溜め息を吐きながら再びパソコンに入力を始めた。
「いい?僕が合図をしたらまず君が先に向こうにあるであろう部屋に行く。そこにこれと同じレーダーの装置がある筈だから、この小型のMOを差し込んで。差込口もこれと一緒だから。僕はその後に君を追いかける。」
「キラ……」
「時間は1人約15秒。合計で30秒。当然、その時間の中にMO作業も入ってるよ。…質問は?」
「…ない。」
少し何か言いたげなアスランに気付きつつも、キラはにっこりと笑いながら頷いた。
目の前の親友の瞳を見れば、否応にも賭けてもみたくなる。
緊張していない、と言えば嘘にはなるが、どうにかなる、という気持ちもどこかにあった。
何よりここで引き返しては、自分のハッキング人生に汚名が付く。…かどうかは、キラが思っているだけであるのだが。
アスランは自身のパソコンを鞄にしまうと、何も言わずにこくりとキラに頷いてみせる。
準備が出来た、そういうことだろう。
キラも同じ様に頷くと、手をすっとかざしてカウントダウンを始めた。
「いくよ…3、2、1…行って!!」
ピーっと、レーザーの解除音が同時に聞こえると、アスランは綺麗にスタートダッシュを決めた。
先程頭に叩き込んだ構図を必死に思い出しながら、只がむしゃらに走る。
思いの他空気が悪く、走っている間に何度もむせそうになったが、ぐっと我慢をして目的の場所を探した。
そしていよいよ時間が切れる、まさにその時。
別の階段口を見つけ、キラが言っていたレーザーの本体にもすぐに気付き、MOを差し込む。
それから急いで走る直前に図った腕時計についているストップウォッチを見ると…15.2秒と表記されていた。
ややあって、再び解除音が本体から聞こえる。
「…間に……合ったのか…?」
息も切れ切れに、体中の血液がどくどくと全身を駆け巡るのが分かるほど体が熱いが、何より安堵感でいっぱいだった。
後はキラだけである。
しかし頭だけではない、運動能力の面でも一目置かれているキラに、アスランは然程心配はしていなかった。
自分が出来たのならキラにだって…。単純にそう思ったのである。
しかし。
キラは約束の15秒後にも、否それ以上時間を経過してもアスランの元には戻らなかった。
「……キラ?」
レーダーは未だ解除されたままだ。
だがキラの姿はもちろん、彼が来る気配は一向にない。
一度戻ろうかとも考えたが、いつ解除が解かれるか分からない状況で下手に動くことは更に危険なことであった。
とりあえずもう少しだけ様子を見よう、そう決めてアスランがその場に座ろうとしたまさにその時。
1人の陰が、ゆっくりとアスランに近づいた。
カチャ。
気付いた時には、テレビや映画でしか聞いたことのない冷たい金属音が自分の頭のすぐ上から聞こえてくる。
例え経験がなくとも、今の状況で振り向くことは死に等しいことだというのは、恐怖に犯されはじめた頭でも分かった。
ごく、と息を呑んで。そのままゆっくりと両手を挙げる。
唯一の救いは恐怖心が体に震えとなって表れていないことだ。若干足元は危ういが、渾身の力を込めて何とか踏ん張る。プライドの高いアスランらしい。
クスっ、と先程の金属音と同じ位置から声が聞こえたのに気付いたのは、それからすぐ後だった。
「あらあら。校内で有数の優等生君も、意外と根性があるのね。見直したわ。」
まさに女性らしい、柔らかくどこか包容力のある声。
アスラン…恐らくキラも、この声を何度か聞いたことがある。否、今日の朝も聞いたんじゃないだろうか?
未だに両手を挙げたまま、ゆっくりと振り向く。
「…ラ…ミアス先生…」
「やはりアスラン・ザラ君ね?こう暗い場所だから、少し自信がなかったんだけど。」
にっこりと笑みを湛えながら、溜め息混じりに方を揺らす。
----しかし、銃口は未だにアスランに向けられたままだ。
「どういう、ことですか。これは。」
思わず声を低くしてしまう。現状が現状なだけに仕方のないことだとはいえ、まるでこちらが威嚇しているようだ。
アスラン自身、自分もこんなに低い声を出せるものなのかと、少しばかり動揺する。
マリューもアスランの反応にいささか驚いたようだが、すぐに表情を硬くした。
「それはこちらの台詞よ。貴方達、ここが生徒の出入りが禁止っていうことは知っている筈よね?しかもレーダを操作するなどの潜入行動も見受けられた。…只の高校生が行うことではないわ。」
それは…確かにそうだ。
ここの出入りが禁止されていることを承知で潜入したのは、既に自分がここにいる時点で認めているようなものである。
レーダーは…きっと全国の、否全世界の高校生でここまで操作することが可能なのはキラを含めて数人程度ではないだろうか。
つまり、”普通”ならとてもじゃないが扱えない代物だった、ということである。
さすがだな、あいつは。……と言いたいところだが、こんな所で改めて親友の実力を認めている場合じゃない。
銃口が下げられる気配が見受けられないのは、マリューの表情ではっきりと分かった。
ん?いや、待てよ。確か先生…今、「貴方達」って…。。
「あの…先生。「達」、ということは当然……」
話を逸らすつもりではなかったが、どうも気になったので思わず口に出していた。
「キラ君も一緒よ。今は奥の部屋で話を聞いてるわ。」
「あぁ…やっぱり……。」
そういうことか。キラが此方に来なかった理由は。
安堵というか、所詮子供のいたずら程度の潜入行動だったのか、そんな呆れ混じりの溜め息を吐く。とりあえずキラも無事でいてくれたみたいで良かったけど。
どこをどう通って自分より奥の部屋に連れて行かれたかは分からないが、きっと自分と同じ様な目に合った、ということは容易に想像がついた。
「さぁ、次は私が話す番よ?両手を挙げたまま、ゆっくりと私の前を歩いて、私が言う方に進んで頂戴。」
「はい…。」
マリューの言われるがまま、両手を挙げたまま薄暗い地下道を通っていく。やはり銃口はまだアスランに向けられたままだった。
階段と同様に石畳で作られた地下道は、どこか埃っぽく、時にねずみが逃げ回っている。
一体誰が、この資料館にこの様な道があると想像するだろう。…もしかして、そう思わせるような場所だからこそ選ばれたというのか?この場所が?
---ではこの先にあるものってやはりそれなりの……。
どくん、と心臓の鼓動が跳ね上がる。
一瞬だけだったが、アスランの体の動きを止めるのに充分な程の大きさだった。
この感じ。前にも何度か…。そう、あの”嫌な夢”を見た時の反応に似た……。
「アスラン君?」
今迄従順だったアスランが急に止まった為だろう。
マリューは少し警戒しつつ、何があったのか問うように名前を呼んだ。
「あ、何でも…ありません。…すみません。」
「いえ…。」
それからまた少し歩いて、入組んだ道を抜けると一つだけ明るい部屋があった。
一つ、と言っても部屋そのものは二つしかないのだが。
その明るい方の部屋へと導かれ、入ると、椅子に座らされていたらしいたキラが顔を上げ、待ってましたとばかりにアスランに声を掛ける。
「アスラン!良かったよ、君、生きてて!」
「…開口一番に物騒なことを言うなよ、キラ……。」
でも本当に、お互い無事で良かった。苦虫を潰す思いで笑いあう。
とんでもないことに首を突っ込んでいる、というのは既に分かってはいるがレーザーを突破するよりも今はとんでもなくリスクが高い…というか、命の危険に晒されている。
部屋にはマリュー以外の研究服を着た者と武装したものが数名、見張り、又は何かパソコンや資料を使って世話しなく調べ物をしているらしかった。
ますますとんでもない光景にアスランが目を丸くしていると、マリューはアスランにキラの隣に座るように命じ、自分も銃を片手に2人の前に座った。
「さぁ、2人とも。この状況がどういう状況か分からなくはないわよね?只のいたずらでした、じゃ済まないということも。」
「「………。」」
笑顔に隠された迫力に、思わず黙ってしまう。
下手すれば銃口よりも、マリューのやけに優しい声が気になった。
「やっぱり…貴方達、セイランの使いの者?」
「えっ…それはどういう…」
意味で----。
と、聞きたかったが、マリューがすかさず銃口を額に向けたので押し黙った。
「質問に質問で答えるのは紳士じゃないわよ、アスラン君。さぁ、イエスかノー。どちらかしら?」
セイラン、って。何でこの状況でセイラン家の名前が出てくるのか分からなかった。
それはキラも同じらしく、2人して顔を見合わせる。だってもう、答えなんて決まっているんだから。
「答えは…ノーです。先生。俺達はセイランとは何の関係もありません。」
まっすぐ見据えてそう言うと、マリューはしばらく2人の顔をじっと見つめた後、ようやく銃口を下げた。
驚いたのはキラとアスランである。
「先生……あの……。」
キラが申し訳なさそうに口を開くと、マリューは笑顔のまま「何かしら?」と聞き返した。
「たったそれだけの回答で……その、許してくれるんですか?僕達を。」
散々銃口を突きつけた割に、一つの回答でこうもあっさりと下げられると…何だか拍子抜けしてしまう。
もっときつい取調べがあるのだろうと、2人は大よそではあるが後の処遇を想像していたのだ。
「許す、とは言ってないけど?」
「えっ…。」
「でもね、これでも生徒の目を見抜く力はあるのよ。嘘を吐いてるか吐いていなかって。特に真面目な子の瞳はね。」
うふふ、と笑う姿はいつも教室にいる姿と変わらない。
その彼女に似つかわしくない銃が、いつもとは違う状況なのだ、ということを唯一教えてくれた。
「じゃあ今度こそ、きちんとした理由を聞かせてもらえる?」
----きちんとした理由。
それは何とも説明し難いものだった。つまり、あの不思議な夢の話をここでしないといけない訳で。
アスランは今迄キラ以外に夢の話をしたことがない。きっとうなされるようなことが無ければキラにだって話をしないだろう。
だって所詮、夢の話なんだから。
夢物語を他人に話すことは、意外と勇気があるものなのかもしれない。
しかし適当に話をつけることも出来ず、ぐっと心を決めてから口を開く。
「…これは…その。笑って頂いても構わないのですが。」
とりあえず前置き。
むしろ笑って済まされた方がどんなに楽か。
こくん、と頷くマリューを見ながら、やけにはらはらとした表情を此方に向けるキラを気にしながら再びアスランは言葉を紡ぐ。
「何度か俺の夢に出てきた少女がいたんです。顔も名前も分からないのに、何度も、何度も。おまけに「早く見つけて」、とそう告げて。」
「その夢の時、アスランは必ずうなされてました。」
今迄ただ聞いていたキラが、ようやく口を開く。ハッキングと興味本位の話ではなく、この話に便乗するつもりなのだろう。
「そしてついさっき、またあの夢が出てきて…こう言いました。」
「何て?」
「「我、オーブと共にあらんことを…」…と。」
「それって…。」
「はい。ご存知の通り、あのウズミ・ナラ・アスハの台詞です。少女とどういう関係なのかは分かりませんが、一つのヒントになるだろうと思い、それを調べる為に図書館へ、と。」
「ぼ、僕もうなされる彼が心配だったので、その解明に力を貸せたらって思って!」
聞き覚えのない言葉に、ちらりと横目でキラを見ると、視線に気付いたキラがアスランに小声で「まぁまぁ」とその場をなだめた。
まぁ確かに、ハッキングだの何だのキラにとってはアスランよりも突かれると痛い傷が多いに違いはないのだが。
ちなみにキラのMOやパソコンは既に取り上げられているので、ハッキングに関して小言を貰うのは時間の問題であることを、本人はまだ気付いていない。
「此方に勝手に潜入したのは…歴史学を専攻されていた先生を見つけたので、色々お伺いしたかったんです。ウズミ・ナラ・アスハの言葉や他方に渡る関連を。」
思いの他緊張しているのか、ごく、っと息を飲むにも力がいる。
嘘、ではないが色々と言葉が足りていないのは確かだった。そもそもこの夢の続きのような話を信じてくれるのだろうか。
冗談として扱って笑うようなことは、マリューの様子からだと見受けられないが。
「なるほどね。つまりその夢に出てきた彼女の正体を調べる為に、私を追ってここに潜入した、と。」
「はい。」
3人の間に、しばしの沈黙が流れる。
アスランとキラはとりあえず”ある程度”は本当のことを話し尽くしてしまったのだから、もう言うことはない。後はマリューがどういう反応を示すかだけだ。
やや間を置いて、少し視線を下にずらしながら考え事をしていたらしいマリューが、再び顔を上げた。
「貴方達が調べているものは、恐らく私たちが今調べているものと同じものよ。」
「え?」
「きっとそれは……オーブという国を揺り動かす、大変重要な物。」
そう言いながら、ごそごそと研究服の中から何かを取り出し、二人の前に差し出す。
これは………鍵?
「貴方達にこの未来への鍵を手にする覚悟はあるかしら?」
■第三章へ■ ------------------------------------------------------------------------------- *管理人コメント* …ってまたアスキラシーンかよ!
…というツッコミを散々自分でしていました。あぁやっぱり好きなんですね、この2人の掛け合いが。
今回のキラは本当に甘ったれで、やんちゃな坊やです(笑)
そしてアスランが面倒見が良いけど口うるさい兄貴。…っていうより、もう母親化してる?
イメージはスーツCDの1、ですね。あれも大好き。
そういえばマリューさんを小説の中できちんと出したのは初めてでした。
担任と言えば…やっぱりこの方、だろうと。銃も似合う、いい女ってやつです。(違)
それでは、また次の章でお会いできれば幸いです。
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